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二、 バイト、スタート!
友人は、入院している病院から、ヨットハーバーの施設長に、隆男のことを連絡してくれていた。
隆男は、ヨットハウスに入るとすぐに施設長室に通された。施設長の男は、白い半そでのカッターシャツを着ている。シャツの胸には錨のエンブレム。ズボンも同じく真っ白なズボン。ちょっとした、豪華客船の船長のいでたちだ。
「君が、大迫隆男君ね。私がここの施設長の土井です。君の事は、お友だちから聞いてますよ。明日から2週間のバイト、よろしくたのみますよ」
「はい。よろしくお願いします。でも、あの僕、ヨットの事は何もわからないんで……」
「ああ、そのことも聞いています。君にはヨットショップを担当してもらうから。普通のショップだから、大丈夫だよ」
隆男は、1階にあるヨットショップに案内された。マリンウェアやシューズ、帽子などは見てわかるが、細々とした艤装品(ヨットに取り付ける部品)も数多く置かれている。普通のヨットショップである。
「あのー。これ、なんですか?」
小さな滑車を手に取って聞いた。
「ブロックだね。ブームにシャックルで取り付けてシートを通す。その横に置いてあるのがシャックルを取り付けるためのシャックルキーだよ」
「あの、今の全部覚えなきゃいけないんですか? 何のことか、さっぱりわからないんですけど」
「まあ、そうだろうね。やってるうちに覚えるけど……。ほんじゃあ、ちょっとその名札貸して」
隆男は、首から吊り下げていた名札を手渡す。施設長は、胸ポケットから油性ペンを取り出して、名札に何か書き込んだ。
「しばらくこれで、やってみるかな」
返された名札を見ると、大迫隆男の上の部分に『初心者アルバイト』と書かれてある。隆男にはそれが、ヨットを知らなくても許される免罪符に思えた。
「これで、君が少々戸惑っても、客は許してくれるだろう。まあ、ヨットマンはみんないい人ばかりだから、逆に色々教えてくれるよ」
「そ、そうですか。わかりました。が、がんばります」
夏休みとはいえ、平日という事もありショップを訪れる客は少なかった。ハーバー内のショップと言う事もあって、ほとんどの客が艤装品を買いに来る。
しかも、客は皆ヨットマンだ。当然のように専門用語をつかう。
「ハーケンのカムクリートあるかな?」
客の中年男は、早口で聞いてきた。
隆男には、まず『ハーケン』と『カムクリート』が意味不明だ。
「えーっと、ハーケンのカムクリートですよね……」
商品をディスプレイしている棚を見て回る。どんな物体かも、わからない物を探して隆男は、いたずらに時間だけを消費した。
「あのー、お客さんすみません。ハーケンのカムクリートってなんですか?」
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