夏の章 紅いハイビスカス 『サマーインサマー』

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四、 『カフェオレ色の乙女(おとめ)』  一人の女性が、目の前に立っている。  薄茶色の長い髪。小柄(こがら)な女性だった。隆男(たかお)が、呼吸が止まるほど驚いたのは、その肌の色だった。焼きむらのない素焼きの陶器のように、光を吸い込む薄褐色の素肌。タンクトップにホットパンツ、サンダルを履いてのラフな服装。なだらかな肩の輪郭(りんかく)。少女から大人への途上を思わせる胸の形。それ以上太くても細くてもバランスが崩れるであろう眉。少年の好奇心を持ったような丸い眼。少し小さめの口からは、何かを言おうとしているのか、ほんのわずかに白い歯が見えた。  隆男は、湧き上がる情動をむしろ好ましく味わった。彼女の印象を表す端的(たんてき)な言葉を思い浮かべることができなかったからだ。  美しい……違う。  綺麗? でもない。  可愛い……陳腐(ちんぷ)だ。  隆男にとっては、至高、完璧、究極の佳人(かじん)でも、まだまだしっくりこない。やはり彼女の容姿は、感情でしか味わえないものだった。  女性客は、少しイラつき始めたのか、早口で注文品を言い直した。焦ってメモを取る隆男。 「白いセールクロス。セールを補修(ほしゅう)するシールみたいなやつよ。それから、ケプラー製の細いシートを10メートルね。それと太さが5ミリのショックコード10メートル。ゴム紐みたいなやつよ。あと…………あら、その名札……。ふふ、ふふふあはははは。なんだ、そうだったの」 「あ、そうなんです僕『超初心者アルバイト』っていうか。ヨットの事は何もわからなくて」  隆男は、名札を女性客によく見せた。屈託なく笑っている彼女は、目尻が下がり、優しさがあふれて出ているようだ。 「でも、シャックルキーはわかります。これですよね」  施設長に最初に教えられた商品だ。 「そう。それそれ。あ、あっちにウェアもあるのね。ちょっと見せてもらうね」  そう言って、マリンウェアをディスプレイしてあるコーナーに行った。  その間、隆男はメモを見ながら、女性客の注文した商品を探した。  時々、マリンウェアコーナーにいる彼女の方に目を向ける。見るたびにドキドキする。隆男はこの後の人生で、彼女以上に心を奪われる『カフェオレ色の乙女』は現れないだろうと確信した。そんな思いに、もたつきながらも商品をそろえる。  彼女が、隆男の方へ戻って来て、 「この、ヘリーハンセンのパーカーも一緒にお願いね」  と、グレーのヨットパーカーを手渡す。隆男は、額に汗がにじんでいた。 「はい。わかりました。ありがとうございます。ご希望の品はこれでよろしいでしょうか?」  女性客は、レジカウンターに並べられた商品を確認する。 「うん。オッケイよ。超初心者アルバイト君、お疲れ様」 「あ、ありがとうございます。じゃあ、お会計しますね」  隆男は、値札を探しては、右の人差し指でぽつぽつとレジスターの数字を押した。 「大変ね」 「はあ、とろくてすみません。これでも早くなった方なんですけど……。えーと全部で23,100円です」 「はーい」  そう言って、女性客は、財布を出そうとヒップポケットを探った。
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