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七、 レストラン『ぐるくん』
「このヨットよ」
真っ白な船体。隆男はバウ(船首)に書かれてある船名を見た。ひらがなで書かれてある。
「『ぐるくん』? ぐるくんって言うんですかこの船」
「ぐるくんってね、沖縄の魚の名前なの。他の所じゃタカサゴって言うみたい」
「女性が一人で乗るには少し大きい船ですね」
「ヨットの大きさは25フィート。メートルだと7メートルちょっとかな」
「へえー、すごい。これを一人で操船するんですか。いやホントにすごいなあ」
「なんてことないよ。さあ、キャビン(船室)にどうぞ」
碧姫は、浮桟橋からバウに飛び移り、揺れるヨットのデッキ上を足取り軽く船尾(船の後部)へ向かった。隆男も恐る恐る飛び移り碧姫に続く。
碧姫がキャビンの電池式のランタン(手提げのランプ)をつけた。キャビン内は、暑くもなく不思議なくらい涼しく清々しかった。
「わあ、ヨットってこうなってるんだ。キャンピングカーみたいだ」
「そうね。海の上のキャンピングカーかな。ちょっと暗いけど、さあどうぞ座って。今日のメニューはね、パスタなの。今から作るね」
碧姫は、そう言ってギャレー(ヨットの調理スペース)で、調理の準備にかかった。
「へえ、船の中で調理ができるんですね。すごいや。航海中でもやるんですか?」
「ふふふ、お腹がすいたときはね。釣った魚を食べることもあるよ。ああそうだ昼間の買い物の代金を払っておくね。心配かけてごめんなさいね」
そう言って碧姫は、引き出しから財布を取り出し、隆男に代金を払った。
「明日でもよかったのに。でもありがとうございます。まいどありです」
代金を自分の財布にしまうと、隆男は、船内を見渡した。思っていたより広い印象だ。浮桟橋よりも揺れを感じる。ふわふわとして幻惑されるような感覚を覚えた。
隆男は、ひたすら調理をする碧姫の後姿を見ていた。
(夢だ……)隆男史上、最高の美女から声を掛けられて、その手料理を食べられるなんて。碧姫は、手を動かしながら言った。
「隆男は、ここでアルバイトってことは、大学生なの?」
「はい。ホントは、僕の友だちがする予定だったんですけど、そいつ盲腸になっちゃって」
「そうなんだ。今何年生?」
「2年です。あ、歳は20です……」
暫く沈黙が続いた後、
「あれ、わたしの歳は聞かないのね。紳士ね」
「はあ、見たところ20前後かなと……」
「まあ、そんなところ。さあ、できたよ。ワインもあるからディナーを楽しみましょう」
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