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八、 『思い出は美しすぎて』
碧姫は、小さいにテーブルに、効率よく皿を並べた。
「今日はね、アサリを入れてボンゴレにしてみました」
船内が、ガーリックの香りで包まれる。料理を給仕し終わると、碧姫は、隆男の横に並んで座った。
「そうそう、ディナーだからおしゃれをするね」
そう言って、碧姫は壁の一輪挿しの赤いハイビスカスを摘まんで、隆男に手渡す。
「髪に刺して」
隆男は、言われた通りにハイビスカスを薄茶色の髪に刺した。花は吸い込まれるように髪に収まった。
カフェオレ色の髪に真っ赤なハイビスカス。
「か、かわいい。南国美人って感じです……」
「そお、ありがとう。じゃあ、食べましょう。まずワインで乾杯」
二人は、チンと音を鳴らしてワイングラスで乾杯をした。隆男は早速パスタに手を付ける。
「美味しい! こんなにおいしいボンゴレ食べた事ないです!」
それは、正直な感想だった。
「ありがとう。ワイン飲んで、飲んで」
グラスのワインを飲みほすと、碧姫は、焼き物の瓶を取り出した。そして、空のワイングラスに瓶の液体を注いだ。
「これはね、古酒と言ってね、泡盛を『仕次ぎ』という手法を使って100年熟成させて作ったお酒なのよ。飲んでみて」
碧姫も、自分のグラスに古酒をついだ。そして、瞑目して合掌してから、口を付けた。厳かで、大事な儀式のような雰囲気を感じた隆男は、同じように瞑目して合掌した。そして、ゆっくりと古酒に口を付けた。
アルコール度数は高いと思われるが、刺激臭もなくトロリとしてほんのり甘さすら感じた。隆男は、ゆるやかに古酒が自分を、内部から包んで行くのを感じた。
「おいしいです。あの、実は僕、お酒は飲めない方なんですけど、これは、初めて美味しいと感じました」
「え、じゃあ、ワインは無理して飲んでくれてたのね。言ってくれればよかったのに。ごめんね」
碧姫がワイングラスを持って、上目遣いで微笑む。隆男はもう夢心地だった。
「竜宮城みたいだ。碧姫さんが、乙姫様で僕が浦島太郎かな」
「ふふふ。そうね。タイやヒラメの舞い踊りは無いけど、今日は、隆男に会えて嬉しいから、私が歌ってあげる」
碧姫はテーブルの下からクラシックギターを取り出した。ギターを抱えると軽くマイナーな曲調を鳴らして。
「隆男は、『思い出は美しすぎて』って知ってる?」
「ああ、知ってます。僕の父が聞いてました。八神純子さんの歌ですよね」
「うん。……そう、お父さんの時代の歌よね。でも私この歌好きよ。だから、隆男の為に歌うね」
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