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九、 故郷はニライカナイ
碧姫は、ボサノバのアルペジオでゆっくりと歌い始めた。しゃべり声はハスキーだが、歌声は、透き通って聞こえる。隆男は、うっとりと聞き惚れてしまった。歌詞は決して楽しいものではなく、別れた男女が自分の道を生きていくと言う内容だ。歌い終わると、碧姫は、ギターを置いて隆男のグラスに古酒をついだ。
「どうぞ、お飲みなさいな」
「あ、ありがとう。何か、碧姫さんの歌声を聞いていたら涙がでてきた」
「切なくていい歌だよね。私は、この歌が好き」
「何と言うか、碧姫さんの思いが込められてる。そもそも碧姫さんは、なんでヨットで旅をしてるんです」
「え、聞いてくれる?」
「はい。僕はヨットの事は何も知りませんが、碧姫さんの旅の話は聞きたいな。碧姫さんはどこから来たんですか?」
「ふふふ、今までいろんな所に行ったけど、男はみんな自分の自慢話ばかり。わたしの事を聞いてくれようとしたのは、隆男が初めてだ」
「そ、そうですか? でも、ホントに碧姫さんのいろんな事が知りたいんです。碧姫さんの旅の目的とか」
「じゃあ、教えてあげる。私の故郷はね、ニライカナイ」
「ニライカナイ?」
「そう、海の彼方にある楽園。それはそれは、美しい所よ」
「へえ、でも碧姫さんを見てると分かります。そこのお姫様ですか?」
「そうよ」
「え! 冗談で言ったんですけど。ホントだったんですね」
「ふふふふ、隆男って素直ね。お姫様なわけないじゃない」
笑いながら、碧姫は、隆男を見ながらギターをテーブルの下に戻した。
「私ね、船で日本中を巡りながら。結婚してニライカナイへ一緒に行ってくれる人を探しているの」
つぶやくように言って、碧姫は、隆男にゆっくりとしなだれかかる。隆男は、背筋を伸ばして座り直した。
「何、緊張しているの。リラックスしてよ」
「あの、僕、こういう状況は初めてなものですから……。すみません。古酒をいただきます」
「そうなんだ。いいよ。どうぞ召し上がって」
碧姫は、隆男と自分のグラスに古酒をついだ。隆男は、グラスを掴むとぐいとあおった。そして、ふう、とため息。碧姫は、両手でグラスを持っている。
「こんなことを聞いていいかどうか、わからないんですけど、その……結婚相手は見つかりましたか? あの、無理に答えなくてもいいですけど」
「聞きたい? いいよ。この航海でいろんな男性にあったよ」
頭を隆男の方に預けて、碧姫は虚空を見ながら語り始めた。
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