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「……と、いうような夢を、たまに見たりする」
食べ終わった弁当箱に蓋をして、机脇に掛けてある鞄に仕舞いこんだ。教科書とノートが詰まったリュックの鞄は、登山をするのかと思うくらいにパンパンになってはち切れている。
机の真向いにいる友人――八重園慎二は、「ふうん」と気のない返事をしながら、ソースのついた一口カツを頬張った。亮がこちらへ引っ越してからの、数少ない友人の一人である。眼鏡を掛けた物静かな佇まいは、真面目さを通り越して堅苦しいというか、取っつきにくい感も滲ませているのだが、それもそのはず、こいつは「競技かるた」という、亮には馴染みのない百人一首のスポーツ競技をこよなく嗜んでいるのだ。レベルもそこそこに強いらしく、大会で勝って地元の新聞に載ったのも何度か目にした。趣味はかるた、部活もかるた、話す話題も全てかるた、時間があればかるたの練習。呆れるほどに、こいつの周辺には常に幾万もの「かるた」という文字で溢れている。
「ふうん、って、そんだけ? 恥を忍んで俺の秘密を喋ったのに。他に意見がないの? 最近見た夢とかさ、夢についての解釈とか」
んー? と視線を上げて、八重園は口をモグモグさせる。昼休み前に担任から呼び出しを食らっていて、今日は遅めの昼食だ。
「俺は夢なんて見んでえ。寝不足はかるたの暗記の大敵やからな、いつも熟睡七時間は確保しとる。睡眠時前はスマホも見んようにしとるし、目覚めは毎朝バッチリや」と、二つ目の一口カツを口に入れる。ウスターソースの香ばしい匂いがぷんとする。こいつ昨日もカツを食ってたぞ。こっちの人ってどんだけソースカツが好きなんだ。
「ああ、そう、カツ……じゃなくて、かるた、だよな。さすが、寝るのに関しても自己管理が徹底してんな……」と、感心しつつも顔に出るのは薄ら笑いだ。
「あ、思い出した」と、八重園はご飯を挟む箸を下げた。「死んだじいちゃんの夢なら前に見たことある。夢ん中で一緒にかるたしてな、初めてじいちゃんのかるたを見たんやけど、ひっでもんに強かったんやざあ。怖いくらいの強さやったけど、でも楽しかったなあ。もういっぺんくらい、夢に出てきてくれんかなあ」
「夢でもかるたしてんのか。すげ」
「百人一首にも夢を詠ったもんがあるで。『住の江の岸による波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ』って、藤原敏行朝臣が詠んだやつ。他人にバレたらあかん恋やっても、夢の中で逢いたいっていう意味やな。敏行は三十六歌仙の一人でな、和歌にも書にも長けた名人やったそうや。何も見えん夜の闇ん中で、ざあーって海の波の音だけが静かに聴こえてくるみたいやろ。ええ歌やな」
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