大正九年五月

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大正九年五月

 茶道家元の一人娘だけあって、楚々とした立ち振る舞いはしかと身についている。  静子(しずこ)に何かおかしいところがあるとすれば――今、乳白色の裸体のままピトリと三つ指を付き、男娼を出迎えているという点であろう。 「……御令嬢」  青年は呟き、離れの玄関の戸を後ろ手に閉めた。その声、その音、そしてふたりきりになったというその事実が、静子を体の底から疼かせる。  彦七(ひこしち)は、澄み渡った夜の(とばり)を切り取って作られたような男だ。黒い着流し姿。緩く縛った長い黒髪、そして真っ黒な瞳。肌だけが真っ白く、そういう手がそっと静子の頬に添えられた。 「……ひと月ぶりですね。御令嬢」 「はっ……はぁ……っ、彦七、さまぁ……!」 「俺の他に、誰にも体を許してはいませんね?」 「ええ、ええ……!」  待ち焦がれた固い手のひら。体を折り畳んだまま、犬よりも浅ましく頬を擦りつければ、涎混じりの陶酔が立ち昇る。  うら若い肉体を締め付ける帯も、退屈過ぎる色無地も、自らの意思で取り払っていた。一回り小さくなった胴はスカスカと頼りなく、だがそれに反し、ふたつの乳房はふっくらと下を向いて……。弾けるような脚の皮膚は汗ばみ、腿とふくらはぎ、内股同士が吸いついてしまい、すんなり立ち上がれそうもない。  彦七が、強くコシのある静子の髪を撫で梳くと、背に流しておいた束髪くずしが次々と脇に滑り落ちた。乳房の側面を不意にくすぐられたようなことになり、ただでさえ彦七のじっと見ている前だ、「あ、うう」と腕の力が抜けてしまう。  (うずくま)る静子と交差するように、彦七は下駄を脱いで(かまち)に上がった。  手を取られてどうにか立ち上がる。そのまま引かれて奥へ進む、裸のままで……。脚を動かす度、静子の秘部がどうしても粘った湿り気を訴えてしまうのを、彦七の耳はちゃんと捉えているのだろう。
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