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終.旅の終わりと、新たな始まり
髑髏の鬼は完全に消え去って、俺たちは『舞台』に散らばっていた札を拾い集めた。
そして、札を令和座の皆のもとに戻していく。すると傷を負っていたメンバーの身体も次々に回復していった。
でも、みんな少し休養が必要だということになって、令和座の船に帰り、今日はこれから宴が開かれることになった。
鬼ヶ島の浜辺を、俺たちはぞろぞろと連なって歩く。『十郎』の姿をした寛和に、親方が言った。
「さて、寛和くんには……鬼となって浮世を騒がせてきたこれまでの罪を、償ってもらわないとね?」
「……」
決まりが悪そうにしている寛和に、親方が両手いっぱいに持っている札を見せた。
「これ、今までに君と髑髏の鬼が集めた札なんだけど。こんなにたくさんあるんだ。ここには、令和座にいない役者たちの札も大量にある。君はこれから俺たちと一緒に、この札をそれぞれの役者たちに返しに行くんだ」
親方はにっこり笑った。
「それが、君がこれから行う『償い』だよ」
「え……そんなんでいいの?」
寛和はおろおろと困惑した。
「ていうか、俺……もしかしてこれからも、ここで役者として生きてくってこと? うわ、流石にそんなこと、考えたことなかった」
「お前も俺たちの仲間入りってことだろ! もっと嬉しそうにしろよな!」
菊之助が寛和の肩を組む。
その様子を笑って見ていると、ふいに俺の刀がムズムズと震えだした。
「ん……?」
俺の友切丸は、突然しゅるしゅると小さくなって、最初の『透子さんにもらった扇子』へと、姿を変えてしまった。
寛和が驚いてそれを見る。
「あれ、それって俺の扇子?」
「そうなんだ。この刀、もともとは透子さんから預かってた兄ちゃんの扇子で……透子さんは、これを兄ちゃんに返したいって、うちに持ってきてくれたんだ」
それと同時に、俺の扇子を持つ手がザザ、ザザザザ、と、壊れたテレビの画面のように波うちはじめる。しかも、俺の見ていた鬼ヶ島の浜辺は、徐々に別の場所へと変わり始めていた。
「なに……これ……?」
景色はちかちかと点滅し、街路樹や、道路が見えるようになる。
(これ、うちの近くの通学路……?)
けど、その景色は俺だけに見えているみたいで、他のみんなに変わった様子はない。
俺の様子を見た菊之助が、「ああ」とつぶやいた。
「五郎」
彼は言った。
「俺、最初に言ったよな。『浮世では、必然しか起こらない』って」
ぽかんとする俺に、彼は続ける。
「お前は、鬼を倒した。寛和の野郎は、鬼から解放された。浮世には平和が戻った。っつーことは、お前が元の世界に帰るときが来た、ってことなんだよ。お前は『役目』を、果たしたんだ」
「え……」
突然のことに、俺はうろたえた。
「そんな……そんなの嫌だよ!」
思わず口から出た言葉に、みんなが振り返る。
「俺、みんなとずっといたい。みんなのこと、仲間っていうか……友達、みたいに思ってるのに。急に、お別れなんて……しかも、兄ちゃんだってこの世界にいるのに……!」
みんなが、俺のことを見ている。すると、藤子さんが俺のもとにやってきて、俺を抱きしめた。
彼女の、何も言わずただ微笑むその様子に、涙が出てきて、止まらなくなった。
「やだよ……なんで、帰らないといけないの……」
泣きじゃくる俺に、寛和が言った。
「……五郎。その扇子は、お前に預けるよ。これを、俺と令和座のみんなの代わりだと思って、持って帰りな」
寛和は笑った。
「俺は一回死んでるから、現世にはもう行けないけどさ。お前は違うじゃん? 何かの拍子に、また浮世に遊びに来れるかもしんないよ?」
「そうだぞ! 寛和の言う通りだ。だからそんなめそめそしてんじゃねーよ」
横で菊之助も言う。
「五郎。お前と一緒に飯を食って、稽古したり、共に過ごせたこと、俺たちは忘れないからな」
「そうそう! 一緒にゲームやったの、楽しかったね!」
力丸さんと、十三郎も俺に声をかける。
「あなたが浮世に来なかったら、こんな大波乱の冒険はできませんでした。まあ……たまにはこういうのもいいでしょう」
利平さんも言った。
「そうだよ、この令和座ができたのは五郎くんのおかげさ。でも……あー、俺も君みたいに現世に戻って、また歌舞伎がやりたいなあ~」
その隣で、親方は呑気に笑う。
和尚が言った。
「五郎、お前はもっと胸張って元の世界に帰れ。今の俺たちがここにいるのも、寛和が解放されたのも、お前のおかげだ」
お嬢とお坊が続ける。
「おれがお坊と会えて、俺たちが『三人』になれたのも、五郎がいたからだよ」
「ああ。改めてだが、礼を言う。世話になった」
助六さんが言った。
「俺から引き継いだ札も、きっと消えたりしねえよ。お前はどこの世界にいても、ずっと役者だ。だから、ずっと俺たちとつながってる」
みんなの姿に、俺はぐっと涙をこらえた。
「……ありがとう。みんなのこと、ずっと忘れない」
寛和が言った。
「俺さ、死んでからずっと『もう一度、木下寛和として生きたい』って思ってた。そしたら今度は、浮世で役者として、『曾我十郎』の役をもらって生き直すことができて……最初に望んでた形とは違うけど、ここでもう一度『生きる』ことができるようになって、嬉しい。全部、五郎のおかげ」
寛和が、俺の頭をそっと撫で、微笑んだ。
「あっちの世界で、透子のこと、頼むよ」
「うん」
ザザザ、ザザザと目の前の風景が揺れて、みんなの姿が薄れていく。
浮世が、遠くなっていく。
(そっか……俺、本当に帰るんだ……)
今までの、みんなと過ごした思い出が次々と、胸の内でよみがえる。
(ありがとう、令和座のみんな。ここが俺の居場所だって思えたこと、みんなに会えたこと、ずっとずっと忘れないよ)
俺は寛和の扇子を握りしめて、ぎゅっと目をつぶった。
再び目を開ける。道を車が通る音、初夏の日差し、照りつけるアスファルト。
自分の姿を見ると、中学の制服姿に戻っていた。
気づけば俺は家の近くの通学路にたたずんでいて、周りに人気はない。
さっきまでいたみんなのことを思い出すと、急に一人になって寂しくなる。
(でも、大丈夫)
ズボンのポケットを探ると、ちゃんとスマホが入っていた。
(寛和とも、浮世のみんなとも、俺はつながっている。たとえ、会えなくても)
俺はスマホを操作し、通話の発信ボタンを押す。
プルルル、というコール数回で、それはつながった。
「あっ、もしもし? 五郎です。透子さん、いま俺、どこにいると思います?」
そうして、俺は電話しながら家に帰った。
***
あれから数か月が経って、今の俺は「普通の中学生」として、学校に通っている。
俺が「おはよう」と教室に入ると、何人かの男子が「木下、おはよう!」と返してくれた。
「なー木下、今週のチャンプもう読んだ?」
「読んだよ! 最新話、もうすごい展開でめちゃくちゃ面白かった……!」
さっそく、俺はクラスメイトと少年漫画の話で盛り上がる。
浮世でたくさんの人と話していたからなのか、今の俺は、以前よりもクラスメイトたちに対して距離を感じなくなった。
勇気を出して話しかけてみたら、思ったよりもみんな俺に興味を持ってくれて、それまでいなかった「友達」が俺にも何人かできた。
学校帰りに一緒に遊んだり、漫画を回し読みしたり、みんなでアイス食べたり。
気づけば、そんな毎日を過ごしている。
俺の今の日常に、兄ちゃんの姿はない。
けど、俺の「あの頃」の冒険の記憶は、今も鮮やかにこの胸に焼き付いている。
透子さんともときどき会うし、今の自分のことをひとりぼっちに感じたことは、一度もない。
「さー、授業始めるぞー」
先生が教室に入ってきて、俺たちは席につく。
俺はちらりと、教室の窓から外を眺めた。
澄み渡る青空には、浮世と同じ涼やかな風が吹いている。
〈終〉
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