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epilogue. まだ知らない世界へ
「……あのさ。オレも、色々すげぇ考えたんだけどさ」
「……ぉ、おう?」
秋山さんと相談ともつかない会話をした数日後。何やら怒ったような困ったような複雑な表情で、眉をぐるぐる巻きにした恵一がズンズン目の前に歩いてきて、その圧に思わず体が仰け反ってしまった。
「……オレと……その……香奈恵に……。勉強……、教えてくださいお願いしますコノヤロウ」
「……おい、お願いしたいんかしたくないんかどっちだ」
「だってさぁ。三人は勘弁してくれって望が言ったんじゃん!」
「……遊びと勉強は違うだろ」
「……分かんねぇよ、そんなん」
不貞腐れたように唇を尖らせる恵一に、思わず笑いが零れてしまう。
「……のぞ、」
「別にいいよ。いつ?」
「ぇあっ?! あっ、あっ、……いつ?! いつがいい?!」
「オレに聞くな。秋山さんに聞け」
「うん! 聞いとく!!」
まるで尻尾が千切れんばかりにブンブン振られているのが見えるみたいだった。
ぴょんぴょん跳ねて大袈裟に喜ばれるとさすがに恥ずかしい。
「ちょっ、……落ち着け、恵一」
「だってさ! もう、二度と三人で集まれんかと思ってたから!」
「…………あそ」
そんなに三人で集まりたいか? なんて。苦笑いしてみたけれど、中学時代は確かにしょっちゅう三人で遊びに繰り出していたのだ。きっと、秋山さんは恵一と二人きりで出掛けたかっただろうに、怒ったり拗ねたりしないで楽しそうに付き合ってくれていた。
彼女とは、オレだってちゃんとした友達で。恵一と付き合う前には、みんなに倣って「アッキー」と気安く呼んで、恵一がいなくたって楽しく会話したりしていたのだった。
「……香奈恵がさ。……なんか、よくわかんねぇけど。一緒の大学無理かもって落ち込んでるのは分かったから。……ランク下げるのは嫌みたいだから、……だったら、一緒に勉強すればいいんだなって思って」
「……そっか」
「ありがとな! また、いつにするかは言うから!」
「ん、分かった」
よっしゃ、と小さなガッツポーズのまま自分の席に戻っていく恵一が、小さな子供みたいに見えて可愛い。
あぁ、まだそんな風に思ったりするんだな、とほろ苦く笑ったら、次の授業に使う教材を引っ張り出した。
***
「あの……ありがと。……こないだはごめんね」
「ううん、全然」
気にしないで、とこっちを振り向いたかわもっちんは、清々しいと思える顔で爽やかに笑ってくれた。
「で? どこら辺で詰まってるとか、ある?」
「オレは満遍なく」
「……あたしも」
「おい」
受験生が何言ってんだ、とさすがに眉を寄せたかわもっちんの前で、恵ちゃんと二人、しゅんと肩を落とした。
「……まぁいっか。とにかく、やれるだけやろ。……あぁ、一回この問題集の過去問やって、そこで分かんなかったとこからやっていこっか」
具体的なやり方を示してくれたかわもっちんは、その日から、塾の先生より分かりやすく、だけど鬼みたいに怖く、あたし達の受験直前まで根気強く付き合ってくれた。
受験当日も、自分は全然関係ないのにわざわざ朝一緒に会場までついて来てくれて、笑顔で送り出してくれた。
「大丈夫。二人とも過去問いいセンまで取れるようになってたし、緊張しなければ問題ないよ」
近くのカフェで待ってるからと、お昼ご飯は一緒に食べながら最後のおさらいしよう、とまで言ってくれた。
本当に本当に、こんないい友達、他にいない。
「……ねぇ、かわもっちん」
「んー?」
「ありがとねぇ」
「うわっ?! なんで?! なんで今泣く?!」
「だってぇ……」
「………………。頑張れ、アッキー。お前まで泣きべそかいてんなよ、恵一」
頑張ってこい、と笑ったかわもっちんが、あたし達二人の頭をわっしわっしと撫でてくれた。
「行ってらっしゃい」
大きく手を振って見送ってくれるかわもっちんに手を振り返して、いざ受験会場へ向かう。
その時、恵ちゃんがぎゅっと手を握ってくれた。
「大丈夫。一緒の大学行こうな」
「……うん、絶対ね」
***
望のスパルタ指導の甲斐あって、オレも香奈恵も万全を尽くせた。はずだ。
一応自己採点もしてみたけれど、悪くない結果になったと思っている。
今日は、合格発表の日だった。
「大丈夫だって、自己採点も合格点だったじゃん」
口数少ないオレ達を励ましてくれているのは、合格発表にも付き合ってくれた望だ。
自分は関係ないのに、こんな日までついてきてくれた望にも、なんとか報いたい。
震える手で香奈恵の手を握ったら、同じように震える手で握り返してくれた。
「大丈夫、大丈夫」
「……うん、……大丈夫、だよね」
合格者の受験番号がびっしり書かれた大きな模造紙が運ばれてきた。
ぎゅうっと。香奈恵の手に力が入る。
「──大丈夫」
自分にも、香奈恵にも言い聞かせるみたいに呟いた後、後ろに立っている望の方を見た。
「行ってくる」
「おう。待ってる」
力強く笑ってくれる。それが嬉しくて、心強くて。
香奈恵の手を引いて、一歩踏み出した。
***
「うぇぇぇ、ありがとぉ、かわもっちん~」
「あぁ、うん。良かった良かった」
「うわぁぁん、ありがとぉ、望ぅ~」
「うんうん、良かった良かった」
棒読みで呟いて、泣きじゃくって抱きついてきた二人の背中をパフパフ撫でる。
無事、二人とも合格出来て、こちらの肩の荷も下りた気分だった。これで片方だけ受かったとか、両方落ちたとかだったら、目も当てられなかったに違いない。
しばらく泣いてスッキリした顔をした恵一が、よし、とニッカリ笑った。
「打ち上げ行こう、打ち上げ! な!」
「……ぇ、でも……」
なんにも考えてない顔の恵一と、何かを遠慮する顔の秋山さんの顔を順番に見て笑い返した。
「よし、行くか。お祝いだもんな」
「……かわもっちん……」
「ね、アッキー」
「──うん!」
*****
「よし、じゃあ、行くか」
「うん!」
二人で見つめた先には、今日の日のためにピカピカに磨き上げたバイクが輝きを放って出番を待っている。
バイトをがむしゃらに頑張って中古のバイクを手に入れて。優弥の指導のもと、おっかなビックリだったけれど自分でメンテナンスもした。近場を優弥と二人で走りに行ってあっちこっち調整していく内に愛着が増したバイクで、今日が初めてのロングツーリングになる。
まずはエンジンをかけて暖機運転をしながら、二人でスマホを覗き込んで今日のルートを確認する。
「なんかあったらすぐ言えよ」
「うん、分かった」
「ま、いつもと変わんねぇよ。距離が長くなるだけだ」
な、と励ますように頭に乗せられた手のひらが優しい。
くすぐったい気持ちで首を竦めて、だけどシャンと背を伸ばす。
「行こっか」
「おう、そだな」
わしわしっと髪を掻き回した手が遠ざかった。
ヘルメットを被った優弥に倣って、自分もヘルメットを被る。初めての時はベルトの締め方も分からなかったヘルメットは今もちゃんとオレを守ってくれる大事なアイテムだ。
手を守る手袋と、プロテクターの入ったジャケット。体を守ることの重要さは優弥に懇々と説かれて、ちゃんと理解している。
ピポッと軽い電子音が耳に届いた。インカムが優弥と繋がったことを知らせる音だ。
『──聞こえるか?』
この瞬間が、凄く好きだと。いつか伝えられるといいと思う。
『大丈夫』
『オッケ。じゃあ、行くか』
『うん、行こう!』
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