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episode.2 開かれた扉
「本当に好きか」と聞かれたら、「まぁ、うん」くらいの感じで応えると思う。どっちかというと「心配で目が離せない弟」の認識だった。
よく知る幼なじみの、やんちゃ坊主と、可愛い弟。どっちを助けてやりたいかは、迷わず可愛い弟だ。やんちゃ坊主はいつまで経ってもガキのままで、フォローしてやる気にもならない。
対して可愛い弟は、健気に悩んで変わろうとしてもがいて、傷跡だらけになりながら必死で自分なりの決着をつけようとしている。
見守るだけのつもりだったのに、絆されてしまった、が正直正しい。
『付き合ってみるか?』だなんて冗談のつもりで。だけど、赤の他人だけじゃなくてアイツまで傷つける側なんだったら、冗談にしなくていいと思った。
良い機会だ。別に本当に好き合って、愛し合わなくたっていい。ままごとの延長で時間を重ねて、「アイツじゃない誰かに好かれて大事に愛される」ことを知ったら、「アイツにこだわらなくていい」と気づくかもしれない。
まだちゃんと知らないだけだ。たかだかクラスメイトの好きに、どれほどの想いがあるというのか。長い年月かけてお互いを知り尽くしたアイツを超えられるほど深い想いな訳がない。だから途中で放り出せるし、よそ見ばかりになるのだ。
オレなら、少なくとも時間の点でアイツに敵う。
そうして、立場の点でも、アイツに引けを取らない。
──だから。
「望」
「……優? まぁたサボりか~?」
呆れたような顔を取り繕って笑う望の肩を、わざと乱暴に抱いた。
「遊び行くか」
「へ? ……別にいいけど……どこに」
「ちょっとそこまで」
おら、付いて来い。
乱暴な口調を装って笑って見せたら、「なんだよ、それ」と、ようやく肩の力が抜けた表情で笑う。
(……いい顔すんじゃん)
望はこうでないとな、と内心嬉しく微笑みながら、方向転換。
「明日は望も休みだろ? ちょっと帰り遅くなっても大丈夫だよな?」
「うん、まぁそれは全然」
「よっし、じゃあひとまず、腹ごしらえな。何食いたい?」
「え~? ……優、奢ってくれんの?」
からかう上目遣いに、ニヤリと笑い返す。
「しゃあねぇから奢ってやろう」
「やった! んじゃカツ丼」
「……やっす」
さすがは男子高校生。色気より食い気だ。
やれやれ、結局二人ともまだまだ子供だな、なんて。たかだか二歳の歳の差で大人ぶりながら、行くか、と大通りへ歩き出した。
*****
「ほい、とーちゃく」
間の抜けた声が遠くで聞こえる。
「……ぇと……」
「これどうやんの」と顎の下にある紐をカチャカチャ言わせたら、「待て待て」と笑う声がまだ遠い。
カツ丼のチェーン店で特盛りを奢ってもらった後、連れて行かれたのはバイク用品の専門店だった。訳も分からないままヘルメットを試着させられて、それなりの値段のそれを躊躇なく買った優弥は少し大人びて見えた。
そうして、あれよあれよと言う間に大型バイクの後ろに乗せられて、「ちゃんと捕まってろよ」と笑った優弥が、意外なくらいに超安全運転でここまで連れてきてくれた訳だけれど。
ヘルメットのせいで視界が狭くて、ここがどこなのかはよく分からない。
「これ、引っ張って」
「どれ」
「これ」
「……っ」
春の終わりでも、バイクだと寒いのだなと知ったのは今日だ。冷えてしまった手を、優弥の温かい手で触れられてピクリと肩が跳ねてしまった。
「悪ィ。やっぱ手袋も買えばよかったな。手、冷えてんじゃん」
「……平気。……なんで優はそんな温かいの」
「そりゃあ、万全の装備で挑んでるからな」
ほら、ここ。
もう一度優しい手のひらがオレの手に触れに来て、顎下の金具へと導いてくれる。
「ここ引っ張って、ここも引っ張る」
両手が、優弥の手の中だ。
なんだかモゾモゾする気持ちを悟られまいと、なんでもない顔を装ったけれど、まだヘルメットの中だから顔が見えてないことなんて気づきもしないくらいには動揺していたと思う。
金具が外れて苦労してヘルメットを脱いだら、目を細めて笑う優弥が「あっち」と指差した方向へ視線を向ける。
「……うわ……すっげぇ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
「だろ。穴場なんだよ、ここ。人多くなくてさ」
「へぇ……」
言葉が続かない。こんな綺麗な夜景を、『ちょっとそこまで』の誘い文句で見せられたりしたら、優弥が急にちゃんとした大人みたいに見えて困る。
「……彼女と」
「ん?」
「彼女とも、来んの?」
出した声が変に掠れた。誤魔化すみたいに咳払いしてたら、ふ、と優しく細められた目に見つめられる。
「ここに連れてきたのは望だけっつったら、どうする?」
「へ?」
戸惑ってまた変な声が出て。なのに優弥は、大人の余裕を浮かべた優しい顔のまま笑った。
「ちったぁ元気出たか?」
「……あ、ぁ……うん。ビックリしたけど」
「ならよかった」
優しい顔。ワシワシ頭を撫でる手。
「なぁ望」
「なに?」
「オレもいるからな」
「……?」
「お前の傍には、オレもいるから」
「うん……?」
「なんかあったら、頼ってこい」
な、とニッカリ笑う顔に覗き込まれて、ただブンブンと頷くことしか出来ない。
よしよし、と頭を撫でる手はまるで犬扱いのいつもと同じ手つきなのに、ニコニコ笑う顔がいつもより断然優しく見えたのは、周囲が暗いせいだと思うことにした。
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