第三十三話・公園遊び

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第三十三話・公園遊び

 秋はすぐ近くと言ってもまだ日中の日差しは強い。小さな子供を外遊びさせるとなると、どうしても朝の涼しい時間帯に限られてしまう。さらに昼食やお昼寝のことを考えれば、未就園児を外遊びに連れ出せる時間は限られてくる。  砂遊び用の玩具と拓也を抱えて瑞希が訪れた時、すでに公園には未就園児を連れた他の親子の姿がいくつもあった。 「拓也君、今日はママと一緒なんだねー。おはようございます」 「あ、おはようございます……」  公園の入口で抱っこから降ろして貰った拓也は、一目散に砂場へと駆けていく。慌てて後を追いかけてきた瑞希へ、砂遊び中の女の子のママが親し気に声を掛けてきた。帽子にリュックとスニーカーで、恰好からもとても公園慣れしていそうだった。  ベビーシッターの祥子からも公園で遊んでいる時に一緒になった親子の話は聞いていたので、その中の一組なのだろう。拓也も慣れた様子で一緒に穴を掘り始めている。 「拓也君にはいつも遊んで貰ってるんですよ。二人とも砂遊びが好きみたいで」 「そうなんですね、ありがとうございます」  月齢が近いという茉莉華ちゃんと拓也は砂場のあちこちに小さな穴を掘り続けていた。その横にしゃがみ込んで子供達の様子を見ていると、茉莉華ママが人懐っこい笑顔で隣に来て次々に質問してくる。リュックから取り出した折り畳みの日傘を広げると、瑞希も一緒に陰に入れてくれた。 「いつも拓也君を連れて来られてるのって、ベビーシッターさんなんですよね? 拓也君ママはお勤めされてるの?」 「はい。引っ越して来たばかりで、新しい保育園が決まるまで見ていただいてるんです」 「どちらの園に通うの?」 「駅前のみつば保育園に――」 「えっ、みつばなの?! いいなー」  話していく内にどんどん言葉遣いが砕けていく茉莉華ママに違和感を覚えつつ、瑞希は愛想笑いで受け答えする。仕事柄、苦手な相手と会話するのも慣れてはいた。こちらから話題を振り続けないと会話にならないタイプに比べたら、随分マシだ。  ベビーシッターからは拓也の月齢くらいしか聞き出せなかったらしく、母親である瑞希と会えるのを楽しみにしていたという。性別は異なるが同い年で学区も一緒らしく、引っ越しでもしなければ長い付き合いになりそうで、あまり邪険にも出来ない。けれど、初対面の相手からの根掘り葉掘りの質問攻めに、心の中では軽く引いていた。  ――悪い人じゃないとは思うんだけど、ちょっと距離感が……。 「ベビーシッターさんと拓也君がそこのマンションに帰ってくのを見たんだけど、何階? 友達もあそこに住んでるのよ」 「あ、6階です」 「6階なんだぁ、周りは一戸建てが多いから眺め良さそうだね。旦那さんは何やってる人なの? あそこ、結構高かったでしょう?」 「会社の用意してくれた家だから、買った訳じゃないんで……」 「へー、あそこを社宅にするなんてリッチな会社だね。どこにお勤めなの?」  プライベート過ぎる踏み込んだ質問に、瑞希は困惑する。あまり長く関わると何をどこまで聞いて来られるか分からない雰囲気だ。まだ堂々と答えられることはそれほど多くはないので、話をすり替えたりと曖昧に誤魔化し続けた。 「あっ、拓也、ここで靴は脱いじゃダメよ。お砂入っちゃった?」  砂場の真ん中に座り込んで靴を脱ごうとしている息子に気付いて、拓也を膝の上に乗せて靴の中に入り込んだ砂を出してやる。結果的に茉莉華ママの話が中断されてホッとした。  丁度ブランコが空いたようなので、拓也を誘って砂場から離れると、以降は二人だけで公園遊びを満喫した。まだまだ話足りなかったのか、砂場の方からチラチラと茉莉華ママの視線を感じることはあったが、子供を置いてこちらに来る訳にはいかない。砂遊びに集中している茉莉華ちゃんに感謝だ。  他の親子とも遊具で一緒になれば多少の会話はしたが、他のママ達は常識的な距離を保ってくれていたので、どうやら茉莉華ママだけが特殊だったようだ。当たり前だけれど、普通の人はいきなり父親の勤務先なんて聞いてはこない。  よく見ていると、茉莉華ママ達がいる砂場に近付いていく親子は全く居ないので、みんな一度は彼女の質問攻めの餌食になった経験があるのかもしれない。声を掛けられない距離を保って遊んでいるように見える。  ――公園デビュー、怖すぎる……。  親でもないのに祥子はいつもこの中に入って拓也を遊ばせてくれているのかと思うと、全く頭が上がらない。  他のママ達から近くの別の公園や児童館の情報が聞けたので、今度からはそちらへ行くようにしようと心に決める。休みの日まで余計な気を使いたくはない。  昼前までたっぷり遊んで帰宅した後、拓也はご飯を食べるとすぐに眠気からグズり出した。リビング横の和室に布団を敷いて、しばらく一緒に横になりながら髪を撫でてあげるだけで簡単に眠ってしまった。  子供が眠っている内にやっておきたいことは山ほどある。けれど気付けば瑞希自身もそのまま眠り落ちてしまい、結局は家のことは何も出来ずに終わった休日だった。先に起きた子供に揺り動かされて目が覚めた時にはビックリしたが、連勤明けで疲れていた身体は随分とすっきりして軽くなった気がする。たまにはこういう休みがあってもいいかもしれない。
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