第三十四話・友達との再会

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第三十四話・友達との再会

 秋の新機種の噂がちらほら流れ始める季節、問い合わせはあっても買い渋りされて販売数には直結しないというまどろっこしい日々。スランプかと思えてくるほど、接客が台数に結びつかない。 「新機種が出ても高過ぎるって文句言って、結局は旧機種を買うタイプだよね、今の人」  商品説明に散々時間を費やされた挙句、「新機種が出てから考えます」と去って行った客に、恵美が毒づいている。気持ちは分かると頷きながら、二人で顔を見合わせて苦笑する。  ショップ向けの新機種説明会もまだな今、キャリアショップと言えども発売前の機種情報はほとんどない。ネットや専門誌にリークされたという未確定の情報を店員間で共有するのが精一杯。  面白半分に既存機種の画像を使った合成写真が出回っていることもあり、「よく見ろよ、これ液晶にはめ込まれてるのは別の会社のサンプル画像だろうが」などと、信じてた者が騙されてることを指摘されて余計な恥を掻かされることもある。  保管期限の過ぎた契約書の控えをシュレッダーにかけながら、瑞希は店頭を見渡した。今日は店長以外のベテランが揃ったシフトなので、裏方の作業がとても捗りそうだ。手の空いた者はせっせとチラシを折ってティッシュに詰めているし、さっきまで愚痴っていた恵美もハンディモップを手にして展示スペースの掃除を始めている。 「暇なんで、早めに休憩行ってきます」  そう言って男性スタッフが一人出た後、入れ替わって店に入ってきたのは二人の女性客。彼女らの来店に気付いた瑞希は、残りの契約書をまとめてシュレッダーに突っ込んだ。そして、背を向けたまま「ふぅ……」と長めの深呼吸をしてから、振り返る。 「沙月、綾香」 「「瑞希!」」  高校の同級生だった二人は、瑞希のいるカウンターへと駆け寄ってくる。高校を卒業して、それぞれが別の大学に入っても、互いが就職した後も、ずっと仲良しで定期的に会っていた二人。  連絡が取れなくなった伸也の子供を妊娠しているのが分かった時、真っ先に相談を持ち掛けた親友達。そして、「瑞希の為」と言って未婚で産むことを反対してきた二人。 「由依が瑞希に会ったって聞いて……」 「あ、うん、結婚して住所変更の手続きに来てたからね」  少し前に偶然再会した江崎由依が、彼女達に瑞希がここで働いていることを話したらしい。二人に待合スペースのソファーを勧めると、瑞希もその傍にしゃがむ。他の客の手前、接客している風を装っておかないと、後々のクレームに繋がり兼ねない。 「瑞希、ごめんね。私達、瑞希の気持ちを無視して、すごい残酷なこと言ったって後悔してる」 「私もめちゃくちゃ反省してる。自分にも子供が出来て、瑞希の気持ちがやっと分かった」  目に涙を溜めて瑞希に語りかける沙月は、自分のお腹に手を当てている。まだお腹は目立たっていないけれど、横に置かれたバッグにはマタニティマークがちらりと見えた。  もしあの時に自分が相談される側だったら、二人と同じことを言っていたかもしれない。そう思うと責める気にはならない。  以前とは違って生活にも心にも余裕が出来たからか、荒んだ考えは少しも湧いては来ない。 「沙月、妊娠してるの?」 「うん、去年に結婚して、今ようやく安定期に入ったところ」 「そっか、おめでとう!」  瑞希も知っている彼と無事に結婚したことを聞いて、当たり前のように嬉しかった。綾香は相変わらず、私は仕事が恋人のままと言って笑っている。あの時のやり取りが嘘のように、今は普通に話せていることが信じられない。 「由依も言ってたんだけど、田上って人と結婚したの?」  お腹にいた子の父親が伸也だということを知っている二人は、瑞希の名札の見慣れない苗字に困惑しているようだった。あの後、別の出会いでもあったのだろうかと。 「ううん、田上は母の実家の苗字。一時的に養子縁組してたことがあって、名札はその頃ままになってるだけ。今は相沢に戻ってるよ」 「そう、なんだ……」  複雑な顔をした二人に、瑞希は慌てる。今も一人で苦労しているのではと余計な心配をかけてしまったみたいだ。 「伸也も帰国してすぐに会いに来てくれたから、私も子供も大丈夫」 「安達さん、海外に行ってたの?」 「うん、ロスに経営者修行に行かされてたんだって。空港着いてすぐに荷物を盗まれて、どうにもならなかったって」  何それ、間抜けにも程がある、胡散臭い、と今度は疑いの目に変わってしまった二人へ、瑞希は小声で伸也の継いだ会社名を伝える。メディアでCMをバンバンと派手に流すような会社ではないが、まあ普通に社会人をしていれば耳にすることがある社名だ。  驚いて口をポカンと開いたまま固まる沙月に反して、綾香はスマホを取り出して冷静に検索し始める。 「ほんとだ、代表取締役CEO安達伸也って書いてある。え、ほんとにあの安達さん?」 「あ、写真もあるよ……うわ、安達さんだ」  会社案内のページに貼られていた伸也の顔写真に、二人揃って声を上げている。  まだ一緒には住んでないけど、今は伸也が用意してくれたマンションに住んでいると言うと、二人は瑞希の言葉が嘘や強がりではないとやっと信じてくれたようだった。 「心配かけて、ごめんね。今はもう何の問題も無いから」 「ううん、私達の方こそ、辛い時に助けてあげられなくて、本当にごめんね」  今の瑞希の連絡先を伝えると、二人はようやく安心した顔を見せた。やっぱりちゃんと話を聞こうと思った時、すでに瑞希の携帯番号は通じず、家を訪ねても知らないと言われるし、気付いた時には連絡手段が無くなっていた。だから瑞希を見かけたと由依から聞いた時、仕事を休んででも会いに行かなきゃと思ったのだと言う。 「また今度、息子の顔を見に来て」  二人を店の入り口まで見送ると、瑞希は笑顔で手を振った。
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