死花外伝-鱗粉を拭う-〜谷原真嗣〜

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「…離婚、ですか。」 京都のオフィス街の一等地に拠点を構える「丸橋法律事務所(まるはしほうりつじむしょ)」。 いつものように仕事をしていると、1人の線の細い中年男が訪ねてきたので、所長である丸橋の指示により応対してみれば、男は既婚者で、妻と離婚したいと言う。 「差し支えなければ、理由をお聞かせますか?」 そう言うと、男はポツリと呟く。 「浮気…になるのかな。他に、好きな人ができたんです。」 「なるほど。身体の関係…不貞行為は?」 「…一度だけ。」 「なるほど。それで、もう奥様には気持ちは残ってないと?」 「…それは……なんて言うか、分かりません。でも、もう、一緒にいられないんです。あの人に、僕は心奪われたから…」 「はあ、ならまあ、離婚の手続きをしていきましょう。えっと、お名前…」 「ああ、申し遅れました。詩人の大林(おおばやし)春彦(はるひこ)です。」 「えっ!?あの、この間詩集の大きな賞で大賞を取られた?」 「あ、はい。恥ずかしながら…」 そう言って照れ臭そうに鼻を掻く春彦に、真嗣は言葉を続ける。 「では大林さん、離婚の件は、奥様には…」 「あ、伝えました。別れて欲しいと…でも、真面目に聞いてもらえなくて…」 「それは、少し不利ですね。有責配偶者からの婚姻解消は、なかなか認められないんですよ。」 「有責…」 「ええ、法律上、配偶者のいる状態で婚外性交渉…つまり他の女性と関係を持つのは違法行為なんです。」 「違法行為だなんて!僕とあの人は、そんな人様に後ろ指刺されるような事はしてません!」 「大林さん落ち着いて。あくまで一般論です。ですから、関係を持った以上、奥様からは相応の慰謝を、あなたとその女性に求められます。それはご理解下さい。」 「あ、はい。それは重々、お金でできる償いはするつもりです。ただ…」 「ただ?」 「いえ、何でもありません。では、よろしくお願いします。谷原(やはら)先生…」 「分かりました。取り敢えず、奥様にもお話を聞いて双方の落とし所が見つからないなら、調停になりますので、よろしくお願いします。」 そう締め括ると、真嗣は事務員を呼び、男に帰るように促し、相談室から出る。 「「ただ」…何が言いたかったんだろ。」 どうせ不倫相手が妊娠したとかそんな話だろうと思うようにし、多少の引っ掛かりはあったが、真嗣は春彦の離婚に向けての資料を集め始めた。
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