死花外伝-鱗粉を拭う-〜谷原真嗣〜

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「そんでなー!ワシ言うたんやぁ〜。絢音はもうちょい可愛い服着たらええて!ううん!勿論、今でも十分可愛いて言うたんや!そしたらなぁ〜…」 「ふーん…」 夜。 珍しく定時で帰って来た藤次と食卓を囲み、夕飯を肴に、彼の惚気話を聞いていた真嗣だが、昼間の春彦の「ただ」がどうにも気になり上の空でいたら、藤次が不満そうに眉を顰める。 「なんね。ワシと絢音の愛の2時間、聞きたないんかい。」 「へっ!?ああいや別に、そう言う訳じゃ…」 「ほななんで、さっきから「ふーん」とか「へぇー」やねん。もっといつもみたいに話食いついてくれや。」 「あー…いや、なんか、藤次には悪いけど今日はそんな気分になれなくて…」 「なんね、仕事上手くいっとらんのんか?」 「んー…まあ、あんまり乗り気な仕事じゃないよね。「経験者」としては。」 「ああ。離婚案件かい。そらまた、お疲れやな。」 「まあね。明日相手の奥さんに会うんだけど、泣かれたりヒステリックに怒鳴られたりするのかと思うと、憂鬱で…それに…」 「それに?」 「…ううん。なんでもない。守秘義務。僕もういいや。お風呂入ってくる。洗い物は適当に流しに入れといて。」 「お、おう…」 そう言って頷く藤次を一瞥して、真嗣は風呂場へと向かった。 * 「(離婚…応じてくれるの?嘉代子さん。)」 「(ええ。調停ここまでやるなんて時間の無駄。サインするから、さっさと寄越しなさい。離婚届。)」 「(でも、何で…急に…)」 動揺する自分に、嘉代子は寂しげに笑う。 「(早く行きたいんでしょ?彼のとこ。なら、さっさと自由にしてあげるから、幸せになりなさい。)」 「幸せ…かぁ…」 湯気で白んだ天井を眺めながら、真嗣は在りし日の嘉代子とのやり取りを思い出す。 「嘉代子さん、本当に、何であんなにあっさり離婚してくれたんだろ…弁護士だから?それとも…」 考えても仕方ない事だし、嘉代子に付けた心の傷を抉るような気がして、結局聞けないままでいる疑問。 脳裏に、春彦の切迫した表情が浮かぶ。 「円満に終わると、良いな…」 ちゃぷんと鼻まで湯船に浸かり、真嗣は明日からの仕事に思いを馳せた。
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