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「妻が、出て行ってしまいました…」
「あはは…」
翌日、春彦がどんよりとした表情で事務所にやってきたので、真嗣は気まずそうに苦笑う。
「弁護士さん。芽衣子さんに、何を吹き込んだんですか?僕は、芽衣子さんがいないと何にも出来ないのに…」
「ふ、吹き込んだだなんて…僕はただ、大林さんの主張、ありのままをお伝えしただけですよ?離婚したいって。その話を聞いた上で、奥様が別居を決断されるのは、想定されてなかったんですか?」
「でも、まさか、いなくなるなんて…奈津美も、連れて行ってしまわれて。僕、独りは嫌なんです。弁護士さん、どうにかして下さい。」
「奈津美さん…とは?」
「あ、はい。今年7つになる、娘です。」
「娘さんまでいらしたんですか…なら、今後は親権の話もしていかないといけませんね。」
「親権…」
「はい。ざっくり言ってしまえば、奈津美さんを奥様か大林さんのどちらかに、養育を任せる事です。」
「でも、芽衣子さん奈津美が大好きだから、引き離すような真似は…」
「大丈夫ですよ。面会日と言う約束事があって、離婚した後、仮に大林さんが親権を取られても、奈津美さんは奥様と会うことは出来ます。」
「でも…」
「…………」
一体どうしたいんだこの男は。
離婚はしたいが、妻と離れたくない。
娘と妻を引き離したくない。
でも、自分も娘から離れたくない。
これでは、言ってることがあべこべだ。
どうして欲しいんだと言う思いが顔に出たのだろう。春彦は小さな肩を窄める。
「すみません。言ってることめちゃくちゃで。」
「あ、いえ、こちらこそ…でもいい加減、方針をはっきりさせていただけませんか?大林さん、あなた離婚したいんですよね?」
その問いに、フッと、春彦の表情が変わる。
「弁護士さんには分からないでしょうね。家に帰ったら、何の迷いもなく愛せる奥様がいて、きっとお子さんだっている。悩みも話せる友人も。そんな人に、僕の気持ちなんて、分からない。」
その問いに、真嗣の仕事の顔にヒビが入る。
「妻も子供も、全て捨てて来ました。僕は、ゲイですから…」
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