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Black and Red One Page War
白いノートの罫線をはみ出しながら、黒い鉛筆は力強い筆圧で独特のバランスを保つ美しい数式を書き、求められた答を解く。終えた一仕事を見つめ満足する。
容赦ない添削が花畑を踏み荒らすように文字配列の整合性を破壊する。バツ印の入れ墨が不正解な無知の罪人を暴く。
黒い鉛筆は赤ペンに殺意を覚える。自分の聖域を穢された事に。ペンが剣よりも強いとばかりに切り裂いてくるなら、目には目をペンにはペンをだ。飛び出し加勢する万年筆は黒インクを撒き散らしながら鋭利な切先で目を狙う。
「何すんだ、この◯◯◯◯が!」
赤ペンは放送禁止用語を吐く。
「言っていいことと悪いことがあるだろうが! くたばれ非国民のアカ野郎!」
黒鉛筆と万年筆は共産主義者を糾弾する。
「てめえの腹を掻っ捌いて赤い臓物を拝ませてやろうか?」
赤ペンは赤月の刃を抜いて襲い掛かった。
「もう勘弁ならねえ、貴様ら闇の魔術を恐れるがいい」
召喚された黒マジックが帽子を脱いでノートをせっせと塗り潰す。
「やはり黒は死が相応しい敗者の色だな。勝利や栄光の色である赤の真の実力を見せてやる」
次なる刺客の水性スプレーは赤い霧を吐き出し黒魔法を打ち消しノートを赤月の暁に変えた。
「ならばこちらも! 漆黒の夜よ、いでよ!」
小さなペンキ缶が溢され黒い濁流のカーテンが一面を覆う。
「なかなかやるな、だが赤熱の太陽に瞳を灼かれるがいい、昼夜逆転!」
マッチ棒が取り出されたが、火は灯されなかった。そもそも火事でも起こしたら大変だ。
「この技だけは使いたくなかった。だが死なば諸共だ。貴様の赤い血もヘモグロビンが酸化すれば鉛の黒色に変わる。星や重力さえ飲み込み全てを無に帰す最終奥義だ、喰らえ黒触殄滅孔!」
その叫びと共にノートのページは破られ、黒と赤に染まった宇宙はぐちゃぐちゃに丸められて塵箱の穴に放り込まれ消えた。そして1ページの戦争は両者全滅で終結した。
突然、世界を揺るがすノック音が響いた。この部屋の神である少年は慌ててスプレーやペンキ缶やマッチ箱を抽斗に隠した。
「捗ってる? お夜食持って来たわよ」
聖なる母親は皿と湯呑みの乗ったお盆を置いて部屋を後にした。
「はあ〜、勉強に飽きると気分転換についつい要らない事やっちゃうんだよなあ......」
少年は溜息混じりに、さっき自分が起こしたノートの上の黒と赤の戦争を反省した。
番茶を一口飲み、おにぎりを頬張る。中心の赤い梅干しと側面の黒い味海苔が白いご飯の仲介で手を結んでいる平和を味わいながら、受験勉強を頑張る決意をする。
了
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