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私は神様を信じない。
すべての宗教や神仏を信じない。
私は完全な無神論者だ。
今から八年ほど前、私は一匹の猫を拾った。
その子猫は駐車場の隅に置かれたクッキーの空き缶の中で、死んだようにグッタリとしていた。
恐る恐る近づくと、かすかに呼吸をしていた。
でも、身動きひとつ出来ないくらい衰弱していて、このまま放っておけば今にも死にそうなのが分かった。
私は意を決し、クッキーの空き缶ごと車の助手席に乗せると、以前世話になった事のある獣医さんのところに急いだ。
獣医さんに子猫を見せると、
「難しいね、ダメかもしれないよ」
と言われた。
私は、
「ダメならダメで仕方ないけど、とりあえず治療して下さい」
と頼んだ。
獣医さんは快諾して、さっそく治療に取り掛かってくれた。
獣医さんが言うには、この子猫は産まれて何日も経っていないらしく、まだ目が半分しか開いていない状態で、子猫がよくかかる猫テンバーという病気にかかっていると言う。
多分、病気になったから捨てられたんじゃないかな、とも言っていた。
獣医さんの治療のかいがあって、なんとか子猫は一命をとりとめた。
私はこの猫を飼う事に決めた。
最後に獣医さんは私に一言こう言った。
「でも、結局この猫は長くは生きられないかもしれないよ」
その猫はメスだったが、私は『ビチ丸』という名前をつけた。
なぜ『ビチ丸』かと言うと、やはり病気の後遺症らしく、一年中お腹を下していたからだ。
そしてもうひとつ、とても可哀想だったのが、ビチ丸の目だった。
目が開きかけの時に病気になってしまったため、目の周りがいつもぐちゃぐちゃと濡れていて、目ヤニがひどく、一日に何回も拭いてあげなくてはならず、半日放っておくと、上の瞼と下の瞼が目ヤニでくっついてしまうほどだ。
体も弱く、何度も獣医さんの世話になった。
でも、それらの事が苦になった事は一度もなかった。
なぜなら、ビチ丸は私に大事なものをたくさんくれたからだ。
ビチ丸といるだけで、気持ちがとても豊かになれたからだ。
だが、結局ビチ丸のお腹と目は一生治る事はなく、八年という、多分今の飼い猫としてはとても短い生涯を閉じた。
そして、ビチ丸が亡くなったその夜、私は夢を見た。
真っ白で、どこまでも広い空間に、たくさんの猫がいた。
何百匹、いや何千匹もいるのかもしれない。
その猫達がドーナッツ状に集まっていて、そして全部の猫がその中心に向かい、ちょこんと座っていた。
猫達が見詰める中心には、椅子に座った一人の男がいた。
かなりがっしりとした体つきで、長い金髪の巻き髪に、やはり金髪の豊かな髭を生やした男で、白いベールのような物に身を包んでいた。
やがて猫達の輪の中から、一匹の猫がちょこちょこと男の前に歩み寄っていった。
ビチ丸だった。
男は手でビチ丸を抱き上げると、その膝の上にそっと置いた。
ビチ丸は膝の上に座り、男を見上げていた。
男がその手でビチ丸の顔を覆った。
そして男が手をどけると、あれだけびちゃびちゃで目ヤニだらけだったビチ丸の目が、綺麗に治っていた。
男がビチ丸の頭を優しく撫でると、ビチ丸は嬉しそうにゴロゴロといった。
そこで私は初めて理解した。
ここにいる猫達は、きっと今日死んだ世界中の猫達なのだと。
そしてこの男は、猫の神様なのだと。
そこで私は目が覚めた。
私は神様を信じない。
すべての宗教や神仏を信じない。
私は完全な無神論者だ。
でも、猫の神様だけは信じたい。
MADE IN SAO 2010
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