第五十九話『夏祭り』

4/6
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/96ページ
「その真っ赤な顔は、去年とは違って免疫のなさからじゃないよね?」 「……分かってるクセに」 「だって可愛すぎるんだもん」  去年も一琉に何かと赤面させられた事は何回かあった。あれは免疫のなさからきていたのも確かだが、今思えば無意識に一琉に惹かれていたという理由もある気がしている。そう考えると嬉しいという感情が更に自身の心に溢れてきた。 「免疫があってもいちる君には一生赤くなっちゃうと思うよ」  みる香はつま先立ちをして一琉の耳元に顔を近付けると、誰にも聞こえないような小声で彼に言葉を告げる。それに驚いたのか彼が掴む手の力は緩まり、みる香の手は解放された。そしてそのまま一琉の手を引っ張りながらみる香は屋台まわりを再開した。  無言でみる香に引っ張られていく一琉の様子が気になり、彼を振り向いてみると一琉はこちらをじっと見つめ、僅かに赤く染まった顔をして何かを言いたそうにしている。目が合ったみる香は不意に目を逸らすと「ずるいなあ」と一琉の声が聞こえてきた。 「みる香ちゃんて結構言い逃げするよね」 「なっ……し、しないよっ!」 「するよ。しかも可愛いからずるいんだよ」 「……っ」  そう口にした一琉はみる香の身体を背後から抱きしめてきた。人混みは多く、数多の視線が二人に集められているのが雰囲気で伝わる。しかし一琉の抱擁を解きたいとは、解いてほしいとは思わなかった。みる香はそっと一琉の絡みつく腕に手を添わせると「好きだよ」と声を口にした。今、一琉にどうしても伝えたいとそう思ったのだ。 「俺も大好き。本当に、君の全てが大好きだよ」  そう言って一琉は抱き締める力を強める。愛おしげに強まった彼の腕は温かく、暑い時期のこの夏の夜に不快ではない温もりを感じられた事がとてつもなく嬉しかった。そのままゆっくりと一琉は腕を解き、みる香の腰を抱きながら「行こうか」と幸福そうな笑みを向けてくる。  みる香も笑みを返しながら頷き、二人で寄り添うようにして屋台を歩き始めた。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!