1章 会うは別れの始め

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「…もしもし。…うん、着いたよ。まじででかいね、城かと思ったわ。……分かった、また連絡する。…うん、おやすみ」 16時にしては早すぎる挨拶を残し、通話を切った。 着いたばかり部屋の前で、ルームナンバープレートを確認した。 『309 山田 暦(やまだ こよみ)』 この春から、私立髙嶺学園(しりつたかみねがくえん)で2年間を過ごすのだ。 私立髙嶺学園(通称嶺学(みねがく))は、由緒正しきマンモス校である。 嶺学は中高一貫校であり、中等部からの持ち上がりでそのまま通う生徒がほとんどである。 稀に外部受験で高等部から通う生徒もいるようだが、多くても1学年5人までしか入れないという狭き門である。 嶺学は、日本でも有数の名門校であり、有名企業の令息や、数々の著名人の御子息が通う男子校なのだ。 嶺学の敷地内には寮が併設されており、高等部の生徒は毎日寮から学校に通うことが原則となっている。 俺はというと、更に稀なケースで、2年生からの編入という形で入学することになっているため、入学式前日の今日、入寮したのだ。 本来の新入生ならばもう少し早めに入寮することができるのだが、編入試験を受けたのは2週間前、合格、編入が決まったのは1週間前であるため、むしろ入学式に間に合ったことをほめていいレベルのスケジュールだ。 ここまで例外な扱いともなると、コネ入学を疑われるかもしれないが、そこは正式な学力試験・面接を受けて、合格しているので安心してほしい。 …まあ、進級の1か月前の段階で、試験から入寮までを高スパンで実施できている時点で察されるかもしれないが、全くコネを使っていないわけではない。 その話はまた今度。 ネームプレートを充分に眺め、寮生活が始まることを実感したところで部屋に入ると、白を基調とした壁紙にグレーで統一された家具が並ぶリビングに、思わず「広…」とつぶやいてしまった。 奥には、寝室とみられる部屋があり、一人で暮らすにはもったいないような広さだ。 一通りおひとり様ルームツアーではしゃぎ終えたところで、リビングの端に積まれた段ボールが目についた。 よっこらせ、と高校生らしからぬ掛け声と共に床に腰掛け、絨毯の手触りの良さに感動しつつ、荷解きをはじめた。 基本的に寮は2人部屋だが、新2年生のそもそもの人数が偶数のため、俺には一人部屋を割り当てられたようだ。ラッキー。 あらかた荷物を片付けたところで時計を見ると、18時を過ぎたところだった。 そういえば今日は何も食べていないな、と思い出すと途端に腹の虫が空腹を訴える。 正直な身体に従い夕食を食べようと、先ほど管理人さんにもらった寮案内の資料をぱらぱらとめくると、1階にある食堂とコンビニが掲載されたページが目についた。 煌びやかな食堂の外観の写真とともに並ぶメニューの数々に、思わず涎が出る。 せっかくだし、引っ越し記念に食堂いってみようかな。 しばしの逡巡の後食堂へ赴き、最後の晩餐ならぬ最初の晩餐をいただくことにした。 カードキーを持って部屋を出て食堂を目指す。 食堂や売店の支払いは、すべてICチップが内蔵されたカードキーを用いる仕組みで、使用した分だけ後から請求させる形になっている。 あまりお金を使いたくないので、できる限り自炊をしようと決めていた。 毎回食堂では、流石に食費がかさむだろうし。 食堂に到着して周りを見渡すと、休みの日だからだろうか生徒はまばらだった。 入り口近くの席につき、机上にセットされているタブレットを手にとった。 えーと、タブレットで注文したら、ウェイターさんが席まで運んできてくれるんだっけ。 お店みたいなシステムすごいなーと感心しつつ、食堂のど真ん中につるされているシャンデリアや、光り輝くステンドグラスを眺めていたら、注文した和風ハンバーグが届いた。 ありがとうございます、とウェイターさんにお礼を伝え、手を合わせてからハンバーグを口に運んだ。 「え、うま…」 なんだこれ、今まで食べてきたハンバーグと全然違うんですけど。 毎日このハンバーグでいいな。 早く次の一口を食べたい気持ちと、食べ終わりたくない気持ちに心を揺らしつつ、その後もおいしさに感動し、幸せな気持ちのまま完食した。 食べ終わったトレイを片付け、多幸感満載で帰路についた。 「わっ…」 「おっ…と、大丈夫?」 食堂を出て、自分の部屋に戻ろうと角を曲がったところで向かいから来る人とぶつかってしまった。 ただ、ぶつかった後、相手が咄嗟に腕をつかんでくれたらしく、お互い倒れずに済んだようだ。 「すみません」 「いえいえ。気いつけてな」 あ、方言だ。関西弁かな? 「はい。失礼します」 「え、反応薄ない?」 「え?」 「え?」 …え? 反応薄い、といわれても…。 もっとオーバーリアクションで謝ったらいいのか? …いっちょ、泣き真似とかしてみますか。 「…っうぅ…、ぐす、この度は俺の不注意により、ぶつかってしまい誠に申し訳…」 「いや、それ泣き真似やんな?バレバレやねんけど」 「あれ、もしかして下手くそ?」 「ふふ、めっちゃ大根役者やったで。……せやな、すまんな。ちょっと自分自惚れとったわ」 「はぁ」 目の前の男は、軽く笑ったかと思えば、何かに納得するようにうんうんと頷いている。 「食堂行ってきたんか、何食べた?」 「和風ハンバーグです。めちゃくちゃうまかったですよ」 「和風か、いいな。次はシャリアピンソースのやつにしてみぃや。玉ねぎの甘味がダイレクトにわかる最高のソースやねん」 「うわ、うまそ。次は絶対それにします」 「はは、そうしぃや。ほな、俺も飯食うてくるわ。また今度一緒に食べよな」 「え、はい。…じゃあ失礼します」 「はいはい、ほなね」 軽く会釈をして、ニコニコしたまま手を振る関西弁男と別れた。 関西弁男もとい、ハンバーグ男の様子がどこかおかしい気がしたが、その後とくに気に留めもしなかった。 なぜなら俺の頭の中は、ハンバーグのことでいっぱいだったからである。
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