9章 明鏡止水

9/13
前へ
/95ページ
次へ
「月比古ー!!」 第二体育館に到着してすぐ、体育倉庫の前に集まる生徒を見つけ、梅君は少し離れたところにいた月比古君達の元へ走っていった。 梅君に続いて、俺も小走りで彼らの元へ駆け寄った。 「大丈夫ー!?心配したんだよー!」 「…うん」 「桜、今どういう状況??」 「梅たちが来るちょっと前に風紀が来て…」 「あれ、紋は?」 「…意識不明で、保健室に運ばれた…」 桜君の言葉に、スッと全身の血の気が引く感覚に襲われた。 「なんで…」 「血が出てるとか大きな外傷はなさそうだったよ。あと──」 「保健室行ってくる。梅君、2人の傍にいてあげて」 「えっ、ちょっとー!」 梅君の返事を聞くより早く体育館を飛び出し、来た道を引き返す。 廊下を走ってはいけないという校則などは頭から抜け、頭の中は紋の事でいっぱいだった。 紋の無事を願いたいのに、頭の中を駆け巡るのは最悪の事態で。 忘れていたはずの感覚が呼び起こされる。 悲しみでも、寂しさでもない、何かが抜け落ちるような感覚。 気づいた時には、もういなくなっていた。 実感は一向に湧かないのに、自分の体や頭が他人のものになったように落ち着かない。 もう二度と味わいたくはないと思っていた"それ"が全身を支配していった。 ────────────────── 卯月 梅 side 「行っちゃった…」 「すごいスピードだったね」 「…桜、紋が意識不明っていう割に落ち着いてない?」 「うん、意識不明っていうか、気絶?って感じみたい」 「気絶ー?」 「紋くんの頭の上から段ボールが落ちてきたらしいんだけど、全部空っぽだったみたい!」 「は?じゃあなんで気絶?」 「びっくりしたんじゃない?」 「…はぁ~。こっちがびっくりしたよー!」 「ね、僕も最初は驚いたんだー」 「…それ、山田暦に言ってやった方が良かったんじゃないの?」 「あ…」 …まぁ、皆無事そうでよかった。 ぱっと辺りを見まわした感じ、他にも怪我人はいなそうだ。 倉庫の前には数人の風紀委員と、彼らと話をする生徒たちがいた。 「桜、あれって…」 「うん、そうなんだよね…」 風紀の聴取を受ける生徒をよく見ると、見覚えのある顔があって思わず眉間にしわが寄る。 彼らは、継くんの親衛隊だ。 4人のうち3人は見たことがあるから、残りの1人は1年生かな。 という事は、今回の件は、会計親衛隊による『制裁』だったというわけだ。 なんでか分かんないけど、継くんの親衛隊にはちょっと過激な人が多い。 それでも、ここまで大きな事件を起こしたことはなかった。 それはきっと親衛隊発足時の誓約を、継くんがしっかり守っていたからで。 『親衛対象となる生徒は、親衛隊員の統制を行い、彼らの行動に責任を負う』 この誓約を守ることで、親衛隊をある程度自由に動かせるのだ。 誓約、というと堅苦しく感じるが、実際はそこまで大変じゃない。 親衛隊に入るくらい好きなんだから、そういう生徒は僕達のお願いは大抵聞いてくれるのだ。 あの4人が継くんのお願いを聞かなかったのか、そもそも継くんがお願いしなかったのかは分からない。 どっちでも、風紀は今回の件の責任は継くんにもあると判断するだろうな。 「君ら、何やってるの~?」 この状況に似合わない間延びした声が体育館に響いた。 全員が話を中断し、声のした方を振り向く。 君ら、と呼ばれたであろう生徒達が小さく息を呑む音が聞こえた。 「か、会計様…?」 「どうして、こんなところに……」 4人の生徒は目に見えて動揺していた。 職員室の前で会ったけど、継くんもここに向かって来たのかな。 「ち、ちがっ、違うんです!!」 「ん~?なにが~?」 「これは、会計様の為に、やった事で…」 「俺、そんなこと頼んでないよねぇ」 震えながらも、継くんに対して弁明しようと言葉を発する生徒を、歯牙にもかけずに彼は淡々と言い返した。 「で、ですが、会計様は…!」 「僕達は、貴方の親衛隊で──」 「あのさぁ」 「ヒッ…」 めげずに続く生徒達の言葉を、苛立ちを含んだ一回り大きい声で遮ると、彼らは委縮して更に目に涙を浮かべた。 継くんはため息をつくように吐き捨てた。 「…迷惑なんだよねぇ、そういうの。俺のため、とか言って好き勝手するなら… 親衛隊なんて、解散しちゃおっか」 継くんの突然の解散宣言に、この場にいる全員が困惑した。 中でも、当事者に当たる親衛隊の彼らは誰よりも驚きを露わにした。 「え…」 「そ、そんな…」 「解、散…」 「はいはい、一旦そこまでっすよ」 ぱんぱん、と手を叩く音がする方を見ると、風紀委員の和地君が体育館の入り口から入ってきた。 「会計さん、親衛隊の件は一旦保留で。まずは有馬の件から対処させていただきますっす。皆さん、風紀室までご同行願いますよ」 和地君が来たことで、親衛隊の問題は一旦持ち越しとなった。 親衛隊の4人と月比古、桜は事情聴取のため、風紀室へ連れていかれた。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1093人が本棚に入れています
本棚に追加