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弥生会計の表情は貼り付けたように固まった。
「あ、赤ちゃん…?」
「ちょ…や、山田君…?」
隣に立つ韮崎先輩は焦ったように俺の顔を覗き込んできた。
「お腹が空いたとか、うんちが出たとか、何かあった時に赤ちゃんってとりあえず泣くじゃないですか。“こっちを見て”、“気づいて”って、何かしら伝えたい事があるから泣くんだと思うんです」
赤ちゃんの仕事は、泣くことと寝ることだと聞いたことがある。
感情も最初は快と不快しかないのだとか。
…って、赤ちゃんの事は置いておいて。
自分を犠牲にしてまで、自身の親衛隊を解散させようとしたこの男には、何か伝えたい事があるのではないか。
一連の事件は、彼からの精いっぱいのSOSなのではないか。
…そうだとしたら、随分と手のかかる赤ん坊だけどね。
「知りたいと思って。貴方の事。貴方が伝えたいと思っている事。俺達は赤ちゃんでも、親でもありません。互いに言葉を発することが出来るんですから。赤ちゃんに比べたら、知り合う事のハードル低いと思いません?」
犯した罪が消えるわけでも、やってしまったことを許すわけでもない。
これから先、たくさんの人に叱られたりすればいいと思う。
実際にさっきは千隼君に怒られていたんだと思うし。
まぁ、なので、ちょっとくらいは話聞いてみようかな、なんて。
「赤ちゃん扱いされたのは初めてだな~。…君の言っている事は綺麗事だよ、言葉を交わせるからといって、分かり合えるとは限らない。こっちの言葉になんて、何一つ耳を傾けない奴だっているんだよぉ」
会計はどこか遠くを見るような目をして、普段よりも幾分か落ち着いたトーンで言った。
「まぁそうですね。でも、だからといって話す事をしなければ、分かり合う事なんて到底不可能です」
会計は顎に手を当てて俺をじっと見つめ、言葉を発さないでいた。
昇降口であった時と同じ、感情のない目をしていた。
「…怖いですか?本音で話して、否定されるのが。だから最初から諦めたふりをして、何も感じないふりをしてるんですか?」
「君には分からないんじゃないかなぁ。…期待されて、応えようと一生懸命になって。そのくせ、こんなんじゃなかったって勝手に失望されて。俺の都合なんてお構いなしに、勝手に決めつけるんだ」
「今貴方がやってる事、同じですよ」
今日見た親衛隊の4人。
体育館で見た時、彼らは風紀と話しながら泣いていた。
以前、食堂できつねうどんを被った時に隣に座っていた生徒。
後から聞いた話では、あの2人も会計の親衛隊だという。
風紀室で謝られたとき、彼らの顔色は真っ青だった。
『過剰に親衛対象と仲良くしてるのを見るのは「自分は我慢してるのに…」って思っちゃうんじゃないかな』
『親衛隊の人達はしんどそうだよねぇ。こないだ泣いてる子見ちゃった』
『今まで何度もお話して参りましたが、うまく伝えられたことは一度もありません』
「勝手に決めつけているのは、お互い様でしょ」
会計は驚いたように顔を上げ、目を丸くしていた。
俺は、1つ息を吸って弥生会計の目をまっすぐ見た。
「親衛隊の人達が貴方に期待して、いずれ離れていってしまうかどうかは、正直分かりません。貴方が彼らをどう思うかも、自由です。でも、もっと向き合ってみたらどうですか。貴方に期待するばかりでなはい、貴方の事をたくさん考えて、分かり合いたいと思う人がたくさんいるはずです」
弥生会計は何かを思い出しては苦しそうに顔を顰めた。
「でも…」
「最初は怖いですよね。という事でご紹介したいと思います、韮崎先輩です」
「は?」
「…え?」
暫く黙って会話を聞くに徹していた韮崎先輩の背中をポンッと軽くたたき、一歩前に出させた。
2人とも?を頭に浮かべて目を合わせたまま固まっている。
「弥生会計がどれだけ勝手に突き放しても、めげずに話そうとしてくれた人がここにいるじゃないですか。先輩は、誰よりも貴方と本音で話すことを望んでいるだろうし、誰よりも貴方の事を思ってくれていると思いますよ、ねっ?」
「え、えぇ、はい…」
「先輩!歯切れ悪いですよ!」
「は、はい!お慕いしております!!」
音1つない静かな部屋に、韮崎先輩の声が反響した。
暫くの沈黙の後、韮崎先輩を見ていた弥生会計は、もう冷めてしまったであろう紅茶を一口含んだ。
「…会計様、私とお話しするお時間を頂けますでしょうか」
「…うん」
「あ、じゃあ俺風紀室に戻りますんで。先輩すみません、お時間いただいちゃって」
「あ、いえ、こちらこそ来てくださりありがとうございました」
「ねぇ、俺にはぁ?」
「そんな、滅相もない。また廊下とかで会ったら声かけてください」
「えぇ、是非」
「ねぇ、俺はぁ!?」
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