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「ねぇ…ねぇっ!…黒弥っ!待ってよ!」 学校を出てシロを背後にズンズン進む。 咥えタバコのまま振り返る。 少し後ろから小走りに駆け寄るシロを見下ろした。 「黒弥さ!足の長さ違うの分かってる?速いんだよ!歩くのっ!!」 リュックの肩紐を両手で握りながら注意してくる。 『キャンキャンるせぇなぁ…』 「なっ!!犬みたいに言うなって言ってんだろ!大体なっ!」 『犬じゃん!誰にでも尻尾振っちゃってさぁ〜…』 俺は指に挟んだタバコの灰を弾いた。 「何だよそれ…誰にいつ尻尾なんか!」 『鈴野だよ』 イケナイ… バレてしまうような嫉妬心は 隠しきらなきゃ…。 俺はフイと視線を逸らして煙りを吐き出す。 「晴弥が何?…ただの友達だしっ!なんで黒弥にそんな事言われなきゃなんないんだよ!」 これ以上は危険だから… 何とか気を逸らそうか。 『いや、おまえすぐいい人だ、いい人だって言うからさ。気をつけろよって話。それより、大輝があのゲーム、クリアしてたぜ』 根っからのゲーマーなシロは大好きなゲームの話に意識が逸れる。 「うそっ!マジで?!やっぱ大輝強いなぁ…絶対課金しちゃってるよぉ〜」 シロは悔しそうに自分の携帯を取り出した。 画面をタップしながら、何やらゲーム画面を操作してる。 本当言うと少し前までは大輝にも良く嫉妬したもんだ。 俺は軽く暇つぶし程度にしかゲームをしないし、どちらかというとそんな暇もなく遊び歩いてる。 長い時間コイツといるのは酷い拷問。 俺の理性はガラクタ並みにポンコツなので、襲ってしまわないように自制する為、側にいる時間は極力自分から減らしていたんだ。 それがどうだ…。今じゃ毎日一つ屋根の下。 少しずつすり減るブレーキが 加速しつつある気持ちを引き留められなくなっている。 「黒弥…どこのスーパーに行く?」 服の袖をキュッとひきながら俺を見上げてくるシロ。 人よりも色素の薄い白い肌に透き通るようなブラウンの瞳が揺れる。 染めた事のないバージン毛が少しクセを持っていて、ふわりと揺れた。 タバコの煙りがユラユラ手元から立ち昇りながら、俺を嘲笑っているようだった。 "何、見惚れてんだよバーカ" そう言われた気がして、シロの手を振り払うようにして、歩いた。 『どこでもいいよ。さっさと買って帰んぞ』 「黒弥っ!」 家から1番近いスーパーに足を踏み入れた。 カゴを片手にズンズン先を行く。 シロは常に小走りで何とか付いてきていた。 カゴに肉と生姜を放り込んだまでは良かった。 立ち止まって振り返る。 少し息を切らしたシロが立っていた。 『なぁ…他、何かいるのか?』 「…速いっつってんだろ…もぅ!そんなんじゃ彼女に嫌われるぞ…」 『おまえに関係ないだろ。』 「あぁ、無いよ!無いけど振られて泣くのを慰めたくないからね!」 『泣かねぇわっ!!』 「どーだかっ!!」 いぃ〜っ!!とお互いに口を横に広げて見せる。 プイっとソッポを向き合うと、シロは俺の手から買い物カゴを奪って今度は逆にズンズン進んで行く。 買い物しなきゃならない物を理解してない俺はそんなシロの後を追うしかなかった。 ブスっとした顔でレジに並ぶシロの後ろに付く。 カゴを覗いたら、俺とシロが大好きなチョコレートが2つ入っていた。 こういう所だ。 可愛い… 怒ってたって…シロは俺が好き。 シロにとっちゃ、昔から変わらない、大好きな幼馴染みのはずなんだ。 だからだよ。 踏み込めないのは… こんな幸せを…簡単には手放せない。 レジが済んで、買い物袋に詰める作業をソッと手伝った。 肉のパックにビニール袋を掛けてから手渡す。 シロはチラッとこっちを見て、肩を竦めてからニッコリ笑った。 「ご飯食べたらコレ、一緒に食べようね」 さっき目に入ったチョコをかざすと買い物袋にしまった。 全部入ったスーパーの袋をシロの手から抜き取る。 『持つよ』 「重いよ?」 『いいから』 「半分持とうか?」 『大丈夫だ。』 「ふふ…ありがとう」 シロは素直に礼を言って俺の横を歩き出した。 俺はスーパーの袋を肩に担ぎながら、歩調をワザと緩めて歩く。 時折、シロが距離感バカを発揮して、袖を握りながら話し込んだりする。昔からのシロのクセだ。 大学の授業の話、先生の話、話に力が入ってくると、俺の袖を握る力も強くなって、可愛いったらありゃしない。 ふぅん…とか、へぇ…くらいしか相槌を打たない俺にコロコロ変わる表情で楽しそうに話すシロを見てると、やっぱり何かと心配になって、自分の背丈と変わらなかった鈴野の存在を思い出していた。 きっと、この角度からシロを見てる。 白い肌にキュッと上がった口角。上目遣いは知ってか知らずか得意技で… たまにこうやって相手を……射抜く。 『シロ…』 「何?」 楽しそうに話してくれるのを遮ってシロを呼ぶ。 キョトンとした表情で首を傾げるシロ。 『あぁ…いや…久しぶりじゃない?生姜焼き。俺、おまえが作った生姜焼き好きだからさ!』 何を喋って良いのか分からなくなった俺は慌ててそう話してた。 何を言うつもりで呼び止めてしまったのかも分からなかった。 女なら簡単に引き寄せて好きだと言えたのかも知れない。 そんな瞬間だった。 だけど… そうもいかねぇよ…。 「じゃあ、張り切って作んなきゃね!」 シロは満面の笑みを浮かべて俺にそう言った。 あぁ…ヤバい… 夕焼けのオレンジが白い肌と重なって影を作る。 グラグラ揺れる心。 勝手に伸びた指先がシロの髪を掬った。 目を細めて指の隙間を流れる黒髪を見つめる。 「く…黒弥?」 ぎこちなく呼ばれてハッと我に返った。 『ぁ…あっ!ホコリ!ほら!おまえ何付けて歩いてんだよ!さ、行くぞ!腹減った』 俺は付いてもない糸屑を見せるフリをして、手をパタパタ叩いた。 凄く顔が赤くなるのを隠す為、俺は先に歩き出した。 追いついて来たシロが背中の服を握る。 「待ってよ…」 『あぁ…もうっ!ガキじゃねぇんだから、一々服に掴まるクセ直せよな!伸びるだろ!』 立ち止まって振り返るとシロが水分をたっぷり瞳にためて、俺を見つめながら呟いた。 「俺はっ!…黒弥の…黒弥の服しか掴まないょ…」 消え入る語尾。 俯く顔。 『なんだよ…それ』 「小っさい時からのクセなんて…治んねぇよ…そんな言い方しなくたって…」 深い意味もない行動が…俺の想い一つで昔と違ってくる。 俺とシロの関係を…こうやって壊そうとする。 だから…だからいつも… 優しく出来ない。 『あぁ…悪かった悪かった!泣くなよ!外なんだからっ!行くぞ!シロっ!』 俺はグズっと鼻を啜るシロの手を乱暴に掴んで引いた。 繋いだ手は、昔よりは大きいものの… すっぽり包み込める女子のようなサイズで… 余計に嫌気がさす。 こんな事で…俺の下半身は反応しかけるんだから。 俺はギュッと目を閉じてから見開いた。 グイグイとシロの手を引いて、マンションに戻る。 玄関に入ってキッチンに真っ直ぐ向かう。 スーパーの買い物袋をカウンターに置いて立ち止まった。 シロはノロノロと靴を脱いでキッチンに入ってくる。 俺はケツポケットに手を差し込んでタバコを取り出した。 火を付けて換気扇を回す。 カラカラ古い音がして、吐き出した煙りを吸い込んでいった。 後ろでガサガサ袋から物を出す音がする。 まだグズグズ鼻を啜る音がして、俺はチラッと後ろを振り向いた。 シロは手の甲で涙を拭いていた。 やっぱりしっかり泣いてるし… 『悪かったって…ヤな言い方しちゃって…』 シロはいつものように俺に近づくと、コテンと胸に額を押し付けてきた。 「黒弥…実は俺の事…嫌いだったりしない?」 俺はシロの言葉にビックリする。 『なっ…なんだよ…』 「学校でも怒ってたし…最近…俺たち喧嘩ばっかだし…昔はこんなじゃなかったじゃん。」 俺はハァ…と溜息を吐いた。 確かにシロの言う通り。 俺達は昔、こんなに喧嘩をしなかった。 シロと俺は本当に仲良しで、泣き虫だったシロを俺が守り続けて来た。まさか、こんな風に俺が苛めてしまうような事になるなんて想像もつかない程だっただろう。距離をとっていた思春期の頃でさえ、シロを泣かすような事はしなかった。 タバコを咥えて両腕でシロをギュッと抱きしめた。 すぐにパッと離して、タバコを指先に預けると、フゥーっと換気扇に煙りだけ吐き出して、ちょっと屈んでシロを覗き込んだ。 フワフワの黒髪にポンと手を乗せる。 『嫌いなわけねぇだろ………幼馴染みなんだから。なっ…』 シロは俺を上目遣いに見上げて笑った。 「へへ…良かった…生姜焼き、作るね!待っててよ」 『あぁ…なんか手伝うか?』 「大丈夫。黒弥はご飯、食べる専門だろ。座ってろよ。あと!吸いすぎ!」 ビシっと白くて華奢な指先が俺の眉間を指す。 クルゥっとゆっくり背を向けて視線から逃れた。 そうやって… 俺を注意して 俺を気にしてくれたらいい。 そうやって… 俺に興味があるみたいに 俺に構ってくれたらいい。 シロが作る生姜焼き… 久しぶりだなぁ タバコの煙りは話し相手。 俺はユラユラ揺れるソイツに問うんだよ。 俺は 後ろで何も疑わず生姜焼きなんか作っちゃうコイツを いつまで幼馴染みとして 扱えるんだろうって。 答えはない。 換気扇の古びた音が響くだけ。 ゆっくり振り返ったら、 包丁を握ってまな板に視線を落とすシロのうなじが… あんまりに綺麗で 息を飲んだ。 ダイニングテーブルにサラダと味噌汁と生姜焼きが並ぶ。 「美味い?」 向かいの席に座るシロが心配そうに聞いてくる。 口の中の生姜焼きが無くなって、俺は頷いてみせた。 『すげぇ美味い!』 バクバク飯をかきこんでいく。 「黒弥は本当美味そうに食うよね。作りがいがあるよ。」 『ふふ、じゃあシロはずーっと俺の飯作る係だな』 「バーカ!そんなわけないだろ。黒弥はモテるし、すぐ結婚とかしちゃいそうだよ。美味しいご飯作ってくれる人とね!」 自分で地雷をばら撒いて… シロにそれを避けて貰いたいんだろうか。 俺の事が好きだからずっと作るよなんて言ってくれるかも知れない。 そんな風にして…期待してるんだろうか。 俺は俯いた。 笑わなきゃダメなのに…真顔になって 俯いた。 『俺、結婚願望ないし…』 「え?そうなんだ…今の彼女とかさ、考えないの?」 『考えねぇよっ!!』 ガタンッ!と椅子から立ち上がる。 「黒弥…」 『悪い、ラップしといて。後で食う。ちょっと用思い出したわ。部屋戻る』 そのまま自分の部屋に入った。 ベッドに倒れ込んで拳を振り下ろした。 ドンッとシーツに埋まる拳が鈍い音を立てる。 平気な顔をして…俺を傷つけないでくれ。 袖を握るクセも、何か辛い事があると俺にもたれかかってくるところも…誘うみたいな上目遣いも… もうやめてくれよ。 心酔し切った心が苦しいと叫んでる。 暫くうつ伏せでシーツに沈んでいた。 そうしたら、リビングでシロの声…。 電話してるんだ。相手は? ダメだ…こっからじゃ分かんねぇ。 そっと扉に近づいてみる。 まだベッドに居た時より…何となく聞こえる。 白の声…。
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