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シロに酔った振りをして、キスをした翌日から、俺は家に帰っていない。 昨日はあの女、今日はこの女、まるで発情期の猿みたいに腰を振り続けて、何日もを過ごしてる。 頭の中にはシロの首筋のキスマークが消えない。 許せずに唇を塞いだ考えなしのバカな俺。 中間テストが終わり、いつの間にか何週間も経っていた。 大輝はこの経緯を知っている。 そして、俺の事をバカだと正論で叩き潰した。 結局俺はずっと逃げたままで、鈴野がどんな風にシロに近づいているのか知りもしない。 俺がシロと接触しない間も、大輝はオンライン上でシロと会話をしてる。 興味津々に伺ってはみたが、大輝は口を割らなかった。 シロの何かをしっているのか、本当のところ何も知らないのか…。 大輝はその辺に関しては俺とシロに対してフェアなんだと思う。 シロとも、俺とも、大輝は大切な友人だと思っているからだ。 そこをほじくり返すような事も出来ず、俺は無力に今日もこうして…遠くからシロを眺めている。まるで変態だ。 ポカっ!と頭上に紙を丸めて作った筒で一撃をくらう。 『いってぇ!』 「おーい…おまえいつまでそうやってストーカーしてるつもりだよ」 俺は構内にあるカフェでガラス張りの壁の向こうを歩くシロをジーっと眺めていた。 見上げると大輝がムッと不機嫌な顔で俺を見下ろしている。 手に筒を持っていて、なんならもう一撃振り下ろしかねない顔をしている。 『ってぇなぁ…何怒ってんだよ』 大輝は短く溜息を吐くと、俺の向かいの席にドサッと腰を下ろした。 頬杖を突いて向こうに見えるシロを眺める。 「怒りたくもなるわなぁ…いつまでそうやってるつもりだよ!お呼びがかかったぜ」 俺はダランと机に両手を伸ばして頬を寝かしていた顔を気怠げに上げた。 机に顎を突いて大輝を見上げる。 『誰にお呼びがかかったって?』 大輝は無言で俺を指差した。 『俺?誰から?』 「鈴野だよ!…おまえさぁ、この際だからハッキリ言うぞ!1年の新井黒弥は遊び人だって、最近めっきり噂だ。それがどういう事か分かるか?白の耳にも入ってるって事だよ!で!こんな速さで有名になってるのには2つ理由がある!1つ!おまえは、マンションに帰らなくなってからの女遊びの数が尋常じゃない!2つ!おまえは元々イケメン過ぎて目立ちまくってるからタチが悪い!ひがまれてる事くらい自覚しろよ!」 俺はニヤっと笑って 『2つ目のは褒めてんだよな?』 言い終わる頃には間髪入れず筒で殴られていた。 「いいか!俺はおまえを応援してるつもりだ。白の事だって…正直心配でならないよ。最近、あんまりゲームもしなくなってる。今までこんな事なかった。白はきっと…おまえに帰って来て欲しいと思ってるよ!」 向こうを歩くシロが見えなくなってしまった。 俺は上半身を起こして、今度は椅子の背凭れにふんぞり返って…大輝にポツリと呟いた。 『そうかなぁ…』 「そうだよ…」 カチャッと眼鏡を押し上げる大輝。 『ホント…おまえ良い奴よな…』 そう言ったあと、俺は大輝を見つめてニッコリ笑う。そこからすぐ真顔になって首をゆっくり傾げると、さっきまでシロが立っていた通路に目をやりながらぼんやり呟いた。 『鈴野が…俺に何の用かな…』 大輝の話によると、昨日の帰り道、背後からつけてくる気配を感じて振り返ったら、そこには黒髪で目が隠れた妖しい色気を纏った鈴野が立っていたらしい。 用件を聞くと、俺と話がしたいって。 その頃、俺ときたら学校もサボりがちに女の家に入り浸って居たもんだから、鈴野は大輝を頼るしか無かった…らしい。 確かに、シロと会わないように遠くからストーキングしていた俺に会う事は困難な話だっただろう。 鈴野はずっとシロの側に居たからだ。 大輝の話では、今日の17時。 あの白いカフェと言えば分かると言われたらしい。 胸糞が悪い。 あの白いカフェは…おまえがシロを連れ込んでいた店じゃねぇか。 苦笑いしながら俺は大輝にありがとうと伝えた。 大輝は不安そうな顔をして 「俺、一緒に行こうか?」 なんて言うから 『過保護かよ』 ってクスクス笑ってしまった。 その日は、シロと被ってない授業だけを受けて学校を出た。 1時間も早く約束のカフェに到着して、俺はどの席でシロと鈴野がデートみたいな事を繰り広げたんだろうと、考えるだけで苛々していた。 全ての座席のソファーが違う作りで、女が好きそうな柔らかな空間だった。 中性的な顔立ちの肌が白いシロに、良く似合う店で、無性に腹が立った。 長らく声を聞いていない。 黒弥って呼ぶ少し高い声を…こんなに長く聞いていなくたってすぐに思い出せる。 鈴野を待つ間、考えないように毎日抱いていた女達との時間がまるで無駄だったかのようにシロの事ばかり考えていた。 しまいには待ち合わせしてるのが、鈴野じゃなくて、シロなんじゃないかとさえ錯覚しそうだった。 テーブルに置いた携帯に触れる。 時間は16時58分。 いらっしゃいませというスタッフの声に弾かれるように入り口を覗いた。 黒い服に身を包んだ…鈴野晴弥がこっちに向かって歩いて来るところだった。 俺の前で立ち止まり、ペコッと小さく頭を下げる。 それから、ゆっくり向かいの席に座って、スタッフからおしぼりを受け取り、コーヒーを注文して…俺の方をジッとみた。 「…鈴野…晴弥です。」 『新井黒弥だ。』 「…やっぱ…良い男ですね。」 『そりゃどうも…お互い様だと思うけど』 「いや…俺なんて全然。新井さん…最近凄いじゃないですか」 ニヤっと片方の口角を引き上げて笑う鈴野。 『何が言いたいの?』 「モテる男は違うなぁって。凄いですよ?噂。…身体…幾つあっても足りないんじゃないですか?」 含みのある喋りの中に、これといった悪意って程の感情は見えない。 ただ静かに…淡々と俺を追い詰めようとしているのは確かで…ペースを持って行かれそうだった。 『そうだな…』 「認めちゃうんだ…」 クスっと笑う鈴野にコーヒーが運ばれてきた。 行儀良く会釈して、アイスコーヒーのグラスを手に一口煽る。 その…喉元に…シロの首で見た紅い…紅い痣が見えた。 俺は一瞬目を見開いてしまう。 "鈴野はゲイだ" たしか大輝がそう言ったんだ… それを付けたのは、恐らく…男。 見当がつくのは……まさか…。 もし、それを付けたのがシロなら…もう完全に俺は手遅れになってるんじゃないのか…。 頭はちょっとしたパニックで、それを悟られまいと、両手をグッと握り俯いた。 「俺、言いましたよね?白と…仲良くしますよって」 俯いた俺に核心をついてくる。 ゆっくり顔を上げた。 『俺も確か…言った気がする。シロに妙な事したら許さねぇって。…なぁ?鈴野』 鈴野は首を傾げてニヤっと八重歯を見せた。 サラサラの黒髪から覗く瞳は妖しい色気を纏っていて、八重歯が見える口元が異様にセクシーに映る。 そこらの女はほっとかないだろう…。 なんだってこんな奴がゲイなんかやってんだよ…。 「なんだぁ…諦めてくれてたんじゃないんだ…」 ドサっとソファーに身を沈める鈴野。 『…諦める?』 「最近女遊びが過ぎるみたいだから…俺、てっきり白から手を引いてくれたんだと思ってた」 俺は下唇を噛みしめ、鈴野に視線をやる。 『シロから手を引くとかさ…何言ってんの?』 「そのままの意味だよ…」 『俺とシロは幼馴染みだ…』 「ふぅん…そうなんだ…言い切るんだな」 『何が言いたい』 俺は顔をしかめて鈴野を睨みつけた。 「だったら良いんです。俺の…勘違いだったんなら。てっきり…白が好きなんだと思ってた。そうじゃないなら…遠慮は要らないな。…弟が心配なお兄ちゃんってとこですかね。…白は…もうしっかり大人ですから。心配無いですよ。おにーちゃん。」 ニッコリ作り笑顔を俺に向ける鈴野。 俺はお預けを食らった犬のようにギリっと奥歯を噛み締めた。 鈴野に、俺がシロの事をどんな風に想っているか、ここで話してしまうのが正解なのか分からなかった。 頭がキレる男だと分かっている分、無防備に告げてしまうのが怖かった。 ただ…このままで大丈夫なはずも無かったんだ。 『おまえさ…ゲイらしいじゃん』 「ふふ…調べたの?」 『シロの事…どうする気だよ』 「それは…言わなきゃダメ?おにーちゃんだから?」 『茶化してんじゃねぇよ。』 「茶化してんのそっちだろ!」 ガンッとスニーカーがローテーブルを押し蹴って来た。 さっきまでの穏やかな表情は無くて、鈴野は怒りにも似た感情を噛み殺すみたいに俺を睨み付けた。 「おまえがそんなだから!…チッ…言っとく。俺は白が好きだ。おまえの言う友情ごっこじゃねぇから。おまえが幼馴染みだと思ってくれてて…本当に良かったよ。」 苛ついた乱暴な言葉の意味を暫く理解出来ないでいた。 俺がこんなだから?だから…何だって言うんだ。 友情ごっこ?俺とシロが? 俺がシロに対する想いは、ただの幼馴染み…。 どうしてそれが良かったなんて言葉に繋がるんだよ。シロだって、同じように、俺を幼馴染みとしか見てないってのに…。 鈴野がそんな言い方をしたら、まるで、シロが俺に特別な感情でも抱いてるみたいに聞こえる。 鈴野の苛ついている理由が掴めなかった。 一体何が良かったっていうんだ…。 立ち上がった鈴野は俺を見下ろしながら言った。 「白は、キスの時…甘い声を出すんだ…。俺、あれが可愛くて堪んない」 一瞬…火花が 散った。 俺の中で弾けて、立ち上がった勢いのまま鈴野の胸ぐらを掴んで、殴り倒していた。 ガシャーンっ!! 吹き飛んだ鈴野が派手に他の席のテーブルにぶつかる音が響く。 キャー!! スタッフの女が何人か叫んでる。 グラグラ煮えたぎった感情は抑えがきかず、尻もちをついた鈴野の胸ぐらを馬乗りになりながら掴んだ。 鈴野は口の中の血をペッと吐き出して、胸ぐらを掴む俺に、ゆっくりベーっと舌を出して見せた。 シルバーの丸いピアスが紅い舌先で光っていて、その周りに血が滲んでいた。 『テメェ…』 振り上げた拳を見つめながら鈴野が呟いた。 「あんたに何で俺が殴れんの?…白はただ、俺と恋愛してるだけだよ?あんた…ただの幼馴染みなんだろ?白が好きなわけじゃないんだろ?俺はただ…その確認に来ただけだ。」 俺はニヤっと八重歯を見せた鈴野に、力なく座り込んでしまい、振り上げた拳をダラシなく下ろした。 ゆっくり俺を押し退けて立ち上がる鈴野。 俺は…動けなかった。 「おまえが白の事を必要じゃないなら…このまま俺が貰う。もう、遠慮はしない。」 鈴野の声にハッと顔を上げる。 もう?何だって? 今、何て言った? ローテーブルに千円札を置いて、鈴野が店を出て行く。 俺はノロノロ立ち上がってポケットから金を出すと慌ててレジで会計を済まし、鈴野の後を追った。 長身の後ろ姿を見つけて肩を掴む。 『ハァ…ハァ…待て…よ!コレっ!!』 クシャっと千円札を胸元に押し付ける。 それから俺は喉が切れるような痛みを感じながら唾をゴクッと飲み込んだ。久しぶりの全力疾走が身体に堪えている。 『いいか!…一回しか言わねぇ…俺は………俺は白を…幼馴染みだなんて思ってない!!俺は…アイツが好きだ』 押し付けた千円札と一緒に鈴野の胸をドンと押した。 よろめいた鈴野の横を通り過ぎる。 耳鳴りがするようなストレスだった。 このままじゃ、戻れなくなる! 鈴野とシロが…関係を深める前に止めなくちゃ!! 鈴野が最後に呟いた言葉が何度も何度も響いていた。 "もう、遠慮はしない" まだ間に合うなら… どうか誰の物にもならないで… どうか…どうか… 鈴野に吐き捨てた俺の言葉は… アイツの口から、シロに伝わるかも知れない。 俺達は、もう幼馴染みでもなく、友達にさえ、戻れないかも知れない。 そう思うと、膝が笑って、俺はうずくまり…泣き出してしまった。 歩道で泣く俺の周りに、人が何人か集まって… 「大丈夫ですか?」 「大丈夫ですか?」 と問い掛けた。 大丈夫じゃないんだ。 もう…全部おしまいなんだよ… きっと…お終いなんだ…。 それでも俺は…アイツにシロを… 渡したくないなんて…。
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