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鈴野と別れて、恥ずかし気も無く道端にうずくまって…泣いた。 人集りが出来て、俺はそこから"大丈夫です"とうわ言を繰り返すように立ち去った。 身体に力が入らなかった。 どこへ向かうべきなのかも分からなかった。 ゆっくり沈む太陽に導かれるみたいにして歩いた。 シロに会いたい…。 どうか、それを許して欲しい。 俺は鈴野に告白した事実がシロに伝わっていない事を願った。 ついさっきの話だ。 運が良ければ…今日、シロがそれを鈴野から聞く事はないかも知れない。 何度か着替えの服を取りにだけ戻った自分のマンションの下で項垂れた。 ゆっくり見上げると窓には光が…。 胸がドキンと高鳴った。 あぁ…やっぱ好きだ…好き過ぎるんだ…。 足が勝手に玄関へ向かう。 ポケットから鍵を出してゆっくり差し込む。 ガチャンとロックが外れた音がいつもよりリアルな鉄の音を立てて、身体がすくんだ。 シロの靴が丁寧に揃えてある。 短い廊下を歩くと、キッチンの方から明るい声が響いてきた。 「黒弥!お帰りっ!」 キッチンから覗いたシロの顔。 俺はニッコリ笑って 『ただいま。何か良い匂いがするな…』 ポケットに手を入れたままいつもと変わらないテンションを保ってキッチンを覗いた。 「あぁ…今日ね、大輝と久しぶりにカフェ行ってさ、黒弥、帰ってくるんじゃないかなって聞いたから…ほら…唐揚げでもしようかなぁって」 俺は一瞬、大輝が何か口を滑らせてやしないか焦ったけど、顔に出さないようシロの頭をポンポンと撫でた。 『うまそ〜』 「へへ…ちょうど出来上がったんだ…食べようよ」 『あぁ…手、洗ってくるわ』 「うん!」 俺は洗面所で手を洗いながら泣きそうになっていた。久しぶりに近くで見るシロの顔や声に心がギュッと握り潰されてしまうようだった。 勢いよく流れる水に手をかざしながら俯いた顔が上げられない。唇を噛み締めて蛇口を閉めた。 後ろに気配を感じて振り返ると、昔からのシロの癖にハッと服の裾を見る。 キュッと俺のシャツを握って赤らめた顔で俯いて立っている。 『どっ、どうした?』 「遅いから…またどっか行っちゃうかと思って…」 全身の血が煮立つような…行き場を無くして…濁って泡立つような…息の詰まる感覚。 『バーカッ…ここ俺んちでもあるんだろ?』 裾を握る手をソッと握って下ろした。 冷たくて、細い指と華奢な手首が俺を苦しくも嬉しい気持ちにさせる。 「…そうだね…食べよ…沢山あるから…ビール…あるよ」 シロが水分を多く含んだ目を潤ませて、可愛らしく首を傾げた。 『やりぃ…ビールに唐揚げって最高じゃん』 俺はシロの肩を雑に抱いてダイニングテーブルに向かった。 向かい合って席に着く。 綺麗に盛り付けられた唐揚げとサラダ。 ビールがお互いの前に置いてある。 俺はそれを手にして、シロに傾けた。 「ふふ…何に乾杯すんの?」 シロが微笑みながら缶ビールを傾けてくる。 俺は苦笑いしながら 『う〜ん…じゃあ、黒弥くんが遂に女に追い出された今日に乾杯っ!』 カンとビールが満タンに入った鈍い音がして、俺はグイッとそれを煽った。 自分で言っておきながら笑えたもんじゃない。 シロを見ると、複雑そうな苦笑いでテーブルの上を視線が彷徨っていた。 「何だよ、それ。全然乾杯じゃないし…」 『まぁ…いいじゃん!食おうぜ』 「…うん…」 食卓での話題は、1番当たり障りのない大輝の話、シロが夢中のゲームの話…。 『はぁ…食った食った、腹いっぱいだわ。久しぶりにまともな飯食ったなぁ』 シロはクスッと笑って食べ終わった食器を片付け始めた。 「そんな事言って、彼女に美味しいもん作って貰ってたんだろ?」 シロの問いかけに俺は自嘲してポケットのタバコを取り出した。 『ぜぇ〜んぜん。飯作れる女なんか居ないよ。シロの飯が一番好きだよ…おまえの…旨いもん。』 シロがシンクで洗い物をする横で換気扇を回した。 カラカラ羽が回る音… カチャカチャと食器が水の中で重なる音… 蛇口から…水が流れ出る音… カチッとライターで煙草に火をつける。 スッと吸って、換気扇に向けて吐き出した。 細く流れ出た煙りが掻き消される。 「上手いこと言って俺をその気にさせるんだもんなぁ。黒弥がモテるの分かるよ。女の子がほっとかないはず」 『…るせぇなぁっ!』 俺は自分が思うより大きな声でシロを怒鳴りつけていた。 ビクッと固まって怯えた目を向けるシロと目が合う。 俺は慌てて煙草をコンロの横に置かれた灰皿に置いてシロの肩を掴んだ。 『ちがう…あのっ!…えっと…おまえが女、女ってうるさいから…ごめん…』 「ぃ、いいよ…俺がしつこくしたから。」 ザァーッと蛇口からの水音が響く。 「ご、ごめんね」 『いや…俺が悪い…』 「あっ…そうだ!チョコ買ってあるんだ」 シロが取り繕うように冷蔵庫に視線をやる。 俺は掴んだ肩を離して冷蔵庫を見つめた。 灰皿に置いた煙草を指先に挟んで、また食器を洗い始めたシロを眺める。 『後で一緒に食おうぜ』 「うん…そうだね」 シロの白く細い食器に伸ばされた腕が綺麗だった。 耳にかけた髪が…そそる。 ふぅ…と換気扇に煙りを吐く。 灰皿に灰を弾き入れた時…俺は妙な事に気づいた。 俺、こんなフィルターギリギリまで吸ったかな…。 不思議に思ったけど、シロは煙草を吸わないし、やっぱり俺が吸ったんだろうなって苦笑いしてしまった。 「どーしたの?一人で笑って。」 シロが洗い物を終えてタオルで手を拭きながら俺に言った。 『いや、ほら…煙草、俺こんなギリギリまで吸ってたんだなぁって。無意識だなと思ったらちょっと笑えた』 俺がそう言って灰皿を顎で指したら、シロは顔を真っ赤にしながら、コーヒー入れるよ!って慌ただしく冷蔵庫を開けた。 その手を掴んでコーヒーのボトルを俺が取り出す。 咥えタバコのまま 『おまえ座ってろよ。コーヒーくらい、俺入れる』 そう言うと、何だか落ち着かない風に頷いてリビングのソファーに移動した。 カウンターからシロを眺めてコーヒーを入れる。 …何でさっきあんな顔赤らめてたんだ? 煙草…え?…あんなに俺を注意するシロが… まさか…まさかな…。 俺は咥えタバコのままグラスを二つソファーの前のローテーブルに置いた。 それから、煙草の火が手の平に向くように持ち替えて… シロの唇の前にフィルターを突きつけた。 「なっ…何?」 『…いや…吸うかなと…思って…』 シロは上目遣いに俺を見て、俺が咥えていたフィルターに迷うような顔をしながら薄い唇を寄せた。 俺はまるで自分の唇に触れてくるような感覚に襲われて目を細めてそれを見ていた。 シロの唇がフィルターを吸うと、ゆっくり離れて、紫煙を吐き出す。 天井に向かって揺れ広がっていく。 ドサッとソファーに座り込む。 『何だよ…やっぱ俺の吸い殻に火つけて吸ってたな、おまえ』 クシャっと髪をかき上げながら、シロに目をやる。 シロは俯いて、小さく頷いた。 『身長伸びなくなんぞ』 ポンと頭を撫でる。 シロは唇を噛み締めて俺を見つめた。 何でそんな顔するんだよ…。 俺は一瞬抱き寄せそうになる気持ちを押し殺した。 「黒弥…美味しそうに吸うから…真似…したくなっちゃって。ふふ…ごめん」 『欲しいなら新しいのやるよ。』 シロが首を左右に振る。 「いらない…黒弥のが…吸ってみたかっただけだから…」 シロの言う意味がいまいち良く分からなかった。 コーヒーを一口飲んで、冗談みたいに呟く。 『新品はいらなくて俺の吸いさしはいるのかよ。変な奴』 「そっそんなんじゃ…」 『ばーか…冗談だよ…』 勿論、冗談だよ… シロは買うまでも吸いたかった訳じゃない。 ただの冒険心だ。 俺が吸った吸い殻に火を付けて…シロが高揚する理由がない。 俺はテーブルの灰皿に煙草を捻じ込んだ。 俯くシロの前髪が綺麗な瞳を隠すから、知らぬ間に指先が伸びて、柔らかな黒髪を掻き分けていた。 「黒弥…」 『髪…切らなきゃな。前髪で目、見えねぇじゃん』 微笑むと、シロはまた堪らない表情を俺に向ける。 困ったような苦笑い… 唇をキュッと噛み締めて、白い肌がピンクに染まる。 肌が白いシロはすぐ赤くなる。昔からそうだった。それがまた可愛くて…つい意地悪をしたくなる。好きが強くなる度に、ついって気持ちが強くなる。 知らなければ…こんな気持ち…知らなければ良かった。 「そ、そうだね。そろそろ…切りに行こうかな…」 シロがニッコリ笑って前髪を摘んで見せた。 俺はまるで安定しない綱を渡る…サーカスの団員の気分さ… おまえに喰らいつかないよう芸を仕込まれたライオンのようさ… そして何も出来ないで戯ける道化…まるでピエロだろ? こんなにも好きなのに… 俺はおまえをどうにも出来ない。 鈴野に奪われて行くのを、指を咥えて見ているしか無い。 でも…それさえ出来なくなるような事をしてここにノコノコ戻って来た。 こんなに側に居るのに… 俺は脱力するような感覚に襲われながら、シロがコーヒーを飲む横顔を見つめた。 首筋に幾つかのキスマークの痕が見える。 もう、消えかけていて、多分本人は気付いていない。 俺は煙草を取り出して火を付けた。 「相変わらず沢山吸うね」 『お、久しぶりの説教だ。』 俺がふざけると、シロはクスクス笑いながら本当だねって言った。 二人で飯を食って、二人でソファーで寛ぐ。 ただ…それだけを取り上げないでくれと…そう願うくせに… 鈴野に奪われては叶わない。 それならいっそのこと… 俺が壊せばどうだろうか… 煙草の紫煙をジッと見つめる。 横に座るシロに視線を移して、タバコをさっきみたいに差し出した。 「ありがと…」 シロが俺の指先に唇を当てる。 手の平に向いた煙草の先がジジッと赤く燃えて灰になる。 シロが…フィルターから唇を離す時、赤い舌先が俺の指に微かに触れた。 俺には…それがワザとに見えて… 「黒弥っ…どっどうしたんだよ」 煙草は灰皿に押し込んで、ソファーにシロを押し倒していた。 『シロ…分かってやってんの?』 引き返せない。 「なっ!何を?どうしたの?黒弥っ…」 慌てふためくのは当然だよな。 『おまえさ…ちょっと…ズルいんだよ』 もう…引き返せない。 「黒弥っ!何言ってんだよ!」 シロ…おまえが悪いって… 思った事…ないよな? ギシっとソファーが鳴る。 シロの顔の横に突いた手。 もう片方の手でシロの華奢な手首を頭の上で押さえつけた。 『いつ…恋人なんか作ったんだよ…』 シロは目を見開く。驚きと、何かが混ざったような色をした瞳の色。 「何言って」 『キスマークだらけじゃん…』 シロの目が更に見開かれる。カタカタと小刻みに震え始めた身体。 「ちが…これは…」 『…違わない。これは…そうだよ…こうやって…つけられたんだろ?』 押さえ付ける手に力を込めた。 首筋にゆっくり顔を沈めて唇を当てて…舌先で肌を舐めてから、ゆっくり、じんわり柔らかな肌を吸い上げた。 「く…ろや…やめっ…」 そのまま膝でシロの脚をゆっくり開かせた。 グッと脚の付け根に膝を押し上げる。 場所を変えて少し鎖骨に近い部分にまた唇を寄せて痕を付けた。 ゆっくり顔を上げたら、カチカチに身体を固くしたシロが涙を溜めて息を短く吐いている。 『震えてる…シロにコレ付けたの……鈴野?』 俺の言葉に、シロは力を振り絞って俺の拘束から逃れる。 何故だか…俺達は… 同じ目をしているように見えた。 "もうお終いだ…" 語らないシロの心がそう言ってるように聞こえる。 同時に…俺がシロにした事は、きっと冗談では誤魔化せない気がして…鈴野の名前を出してしまった俺は…もう引き返せない気がして…。 同じように…お終いだと感じたせいかも知れない。 「俺が…男とこんな事してるって…気持ち悪いよね。…黒弥には…理解…出来ないよねっ!」 シロが上半身を起こしながら俺の襟元をガシっと両手で掴んで来た。 ギリっと睨みつけてくる目はもう俺には逆効果でしかない。怯むどころか、欲情の糧にしかならなかったからだ。 心も、身体も… いうことを聞かない。 シロの薄い唇が…俺の唇を塞いだ。 クチュ クチュ… 静かに水音が鳴り響く。 引き寄せられ、手をソファーに突っ張りながら、シロの舌を受け入れた。 柔らかくて、甘い…少し…震えて…襟元を握る手が…震えていて…これが現実だって知らせてくる。 俺を…脅しているつもりなのか? ゆっくり離れたシロが手を離す。 項垂れながら 「そうだよ…俺は…晴弥と…付き合ってる。黒弥には分かんない。こんな事してる俺の事なんか…俺の気持ちなんか分からないっ!!」 ドンッ! 身体を押され、ソファーに尻もちをつく。 シロは自分の部屋へ飛び込んでしまった。 鍵のかかる音がする。 一体シロは何を言ってるんだ… 俺には分からない?おまえの気持ちが?おまえのしてる事が? あぁ…分からないよ…おまえの気持ちなんて分からない…おまえのしてる事なんて分からない!! おまえだって分からないじゃないか!! 俺の気持ちなんて!!分からないじゃないか!!俺はおまえが好きで!鈴野からおまえを奪いたいだとか!たった今、おまえが俺に口づけた事がどんなに俺にとって意味がある事か!! おまえにだって分からない!! クソッ!クソッ!何だって言うんだよ!! おまえは鈴野が好きなんだろ?! 鈴野が…鈴野が…好きだなんて… 好きだなんて… お願いだから… 言わないでくれ…
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