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白episode 自室にこもって慌てて鍵をかけた。 ハッタリに引き寄せて黒弥の唇を塞いだけど、なんの効力も無かった気がする。 俺が気持ち悪いだろ?って…そう伝えたかったのに…黒弥ときたら絡めた舌にこっちがうっとりしてしまうようなテクニックで応えてきた。 馬鹿にされてるような気がしたんだ。 なす術無しだよ…。 全部吐き出してしまった。 晴弥と付き合ってるなんて…一番知られたくなかったはずなのに…。 怒りと焦りが仲良く暴走してくれて…俺は自分を見失っていた。 携帯を手に晴弥の名前をタップする。 もう…お終いだ。 俺は…ここに居られない。 幾度かのコール音の後、晴弥の優しい穏やかな声がした。 「白?…こんな遅く…何かあった?」 俺はグズっと鼻を啜りながら、呟いていた。 「会いたい…今から…」 電話の向こうで…何故だか小さな溜息が聞こえた気がした。 「…いいよ。迎えに行くから待ってて」 やっぱり聞き間違いだったのかな…晴弥、いつも通り優しいし。 電話を切って、俺は部屋を出た。 リビングには黒弥の姿は無くて、さっき二人で飲むはずだったコーヒーがソファーの前のローテーブルで佇んでいた。 部屋…かな…。 俺は黙って家を出て、街灯がポツリポツリと灯る中を肩を落として歩いた。 このまま歩いてれば…晴弥が迎えに来てくれる。きっとどこかで出会うだろう。 高架下のトンネルに差し掛かった時、向こう側で晴弥が俺に気付いて駆け寄ってきた。 息が少し上がってる。 「ごめん、夜中に…」 「ハァ…待ってろって言ったじゃないか…」 「ごめん…じっとしてらんなくて…ごめん…」 晴弥が細く溜息を吐いた。 「とにかく…うち…帰ろうか。飯は?」 「…あぁ…食べた。」 俺は数時間前の自分をボンヤリと思い出していた。 久しぶりに大好きな人が帰ってくるって聞いて…浮かれて大好物の唐揚げなんか作ってた。 会いたくて…会いたくて…。 暫く晴弥と並んで歩いた。 新築のマンションに辿り着いた頃には、暑さでしっとりシャツが濡れていた気がする。 ソファーに腰を下ろしたら、晴弥はコーヒーでも飲む?って立ち上がった。 俺はだらしなく俯いたまま…。 返事のない俺を無視して、晴弥はキッチンに消える。 顔を上げたら、TVボードの隅に写真立てが飾られていた。 今まで見た事が無い物だ。 中には…鳴海涼…。 あの日、晴弥が俺に見せた写真だ。 俺はキッチンカウンターに目をやった。 どうして?どうして俺が居るのに…俺が来るって分かってたくせに…こんな写真立て出してるんだよ。 グラスにコーヒーを入れた晴弥が戻ってくると、ゆっくり机にグラスを置いて、俺の隣に座った。 俺はきっと、何とも言い難い表情をしていたと思う。 流れる汗が…冷房で冷えていく。 生唾を飲み込んで…晴弥の頰に手を掛けた。 ゆっくり唇を寄せる。 重なる唇は確かなのに…晴弥は俺を抱き寄せない…。 「ねぇ…俺、今まで焦らして…ごめん…ちょっと怖くてさ…もう…覚悟出来たしっ!晴弥…あのさ…」 俺は…若干どころか、相当にテンパりながら晴弥に詰め寄った。 何を言いたいのかは通じている筈なんだけど、反応が良くない事は確かだった。 ソファーに乗り上げて四つん這いで晴弥を押し倒す。 「俺を………抱いてよ」 真っ赤になりながら、唇を結んだ。 晴弥の切れ長な目が俺を見つめる。 伸ばされた手が俺の頰を撫でた。 「抱けない。」 たった一言。 凍りつくってのは、こういう事を言うんだろう。 「な…何で?晴弥…俺としたくないの?ずっと俺が拒んで来たから?嫌いになっちゃった?」 口から出る言葉は、全て身勝手の極みで… 晴弥を直視出来なかった。 散々拒んでおいて…、黒弥と取り返しが付かない事になったからって、ヤケになってこうして、恋人ごっこから無理やり恋人になろうと足掻いてる。 TVボードの写真立てに…焦ってる。 今更俺を…1人きりにしないでくれ…。 そんな勝手な理由が…全てだなんて。 「どれも違うよ…俺は…白を抱きたいと思ってる。白が好きだよ…だけど…白はそうじゃないだろ?今俺に抱かれたら…白…後悔するよ。」 「何言ってんの?…俺は!」 「俺は白の中に涼を見てた。…いや、多分今も、涼を見てる。白を好きになったのは本当だよ…だけどね…やっぱり…」 「構わないっ!!構わないよっ!俺の中に誰を見てようと!俺じゃなくたって!」 俺は押さえつけた晴弥の肩を強く掴んだ。 「俺は、おまえを抱かない」 晴弥が俺の腕を掴んで起き上がった。 胸に抱きしめられて、もう何が何だか大混乱だ。 擦り寄るように頰を髪に寄せて、少し震える晴弥は、明らかに様子が変だった。 「晴弥…」 「……今日は泊まって行きな。俺はソファー、白は、寝室を使って。」 「や…ヤダよ…一緒に…」 「俺をこれ以上苦しめないでくれ…」 俺はハッとして、胸元から顔を上げた。 晴弥は悲しげな憂いを孕んだ表情で俺の唇を撫でた。 「好きだよ…白」 まるで…片想いの告白みたいに…俺に呟く…。 「最後だから…許して欲しい。」 晴弥はゆっくり顔を傾けて、俺の唇に深く口づけた。 舌は熱くて、なのに冷たいピアスがカチッと音を立てて絡まる。 クチュ クチュ… 「ッハァ…んっ…んぅっ…ふ…」 キスだけで…身体が暴走しかねない。 優しくて…忘れる事はないキスだ…。 何故だかそう感じて…俺は泣いていた。 晴弥は…俺と別れる気なんだ…。 それを、痛い程感じた。 どうして… どうして… 口内から出た舌が悪戯に唇をペロっと舐めてくる。 チュッと軽いキス。 離れた身体。 晴弥は… 俺を胸に抱き直して耳元で囁いた。 静かに…優しく…優しく…。 「新井が…好きなんでしょ?」 ビクッと固まる身体。 時が止まったかのような瞬間に、目が飛び出るんじゃないかって程に見開かれる。 「ハッ!ハハ…な…何言うかと思えば…」 俺はビックリして動揺が隠せないでいた。 一日に色んな事が起こりすぎてる。頭の中がパニック寸前だった。 「白…おまえが想ってる相手は…ちゃんと生きてるよ」 ドクンと胸が血をたぎらせた。 他の誰に言われるでもなく…苦しさと悲しみが滲んだ言葉だったからだ。 「晴弥…何で…」 「俺ね、気持ち抑えられなかった。白に出逢った日から…涼と重ねて、涼が生き返ったんじゃないかって思って…何とか自分の物にしたくて…白の気持ちには随分前から気付いてたんだよ…だけど…塗り替えてやるって…それぐらいの覚悟もあった。」 晴弥は俺の頭を自分の肩に寝かせながら、話し出した。表情は見えなかったけど、苦笑いに近い自嘲した顔が浮かぶような…諦めを絞り出す声をしている。 「でも所詮…俺は涼の亡霊を追いかけただけに過ぎなかったんだよ。…きっとね。…だから…俺は新井には勝てない。」 「…な…に?」 「おまえら見てるとさ、歯痒いよ…」 晴弥が俺を引き離すと、ジッと瞳を合わす。その視線は…本当に俺の中に鳴海涼を見てるんだろうか…そう思わずにはいられない程…熱く揺れて俺だけをとらえていた。 俺を大事に…俺を好きだと…そう言ってた晴弥は…きっと嘘じゃなかった…自惚れてるのかな…他の誰かを見てるなら…本当に好きな人だったら気づくよ…。 俺はそこまで考えて我に返った。 "他の誰かを見てるなら…本当に好きな人だったら気づく" 晴弥は…ずっと俺の気持ちに、気付いてた。 それが…一向に自分に向かない事も…。 「新井は……白の事、好きなんだと思うよ。白が想ってるように…ね。」 「晴弥…そ…そんなわけ」 「今日は泊まって行きな。明日、ちゃんと帰るんだよ。」 晴弥はそう言って俺をまた優しく抱きしめた。 「黒弥が…俺の事…」 独り言のように優しい胸元で呟く。 髪を撫でる晴弥が 「怖がらなくていいよ…白には幸せになって欲しい。」 晴弥の言葉を信じた訳じゃない。 だけど…俺の本当の気持ちはすっかり見抜かれていて…弁解の余地も無かった。 「晴弥…ご…めんね…ごめ…ん」 いつしか溢れ出した涙は、二人の別れを確立させてしまう。 初めから…俺達はズルい始まり方で…お互いを救う為に一緒に居る事を選んだ。 そんな方法が…最大の間違いだって…多分お互い気付いてた。 晴弥はそれでもいつしか…俺を本当に好きになってくれたんだ。 だから…俺の気持ちに気付いて…。 「俺、白と居れて幸せだったんだ。謝らないで…」 「ぅ…ぅゔ…晴…弥…」 「うん…よしよし…泣かない、泣かない」 「別れたら…友達じゃな…くなる?ヤダ…よ…ヤダよ…」 晴弥は俺を覗き込む。 頭をクシャクシャ撫でて苦笑いした。 「友達だよ。だけど…新井が許すかなぁ…フフ」 俺の我が儘は…晴弥を苦しめるだろうか。 俺の我が儘は…晴弥を…。 身体を抱き抱えられて、寝室のベッドに下された。 前髪を何度かかきあげられ、細めた愛おしそうな瞳で…額に口づけられ、そのまま部屋を出て行った。 広いベッドに…初めての感情がばら撒かれていて…拾い切れない…。 身体を丸めて膝を引き寄せた。 涙が目尻を伝ってシーツを濡らす。 黒弥は俺が好きで…俺も黒弥が好き… 晴弥は俺と別れる… 晴弥の腕に抱かれて…舌が絡まり合うようなキスをする事は…無くなるんだ。 嗚咽を殺して泣く俺は、朝が来るまでそうしていた。 眠る事も出来ず… コンコン 寝室がノックされて、晴弥が入ってきた。 その目は赤く充血していて…綺麗な顔が少しやつれて見えた。 「おはよう、朝ご飯…食べれる?」 「…うん」 ソファーに二人並んで座る。 「白…寝てないだろ?目がウサギみたい」 「晴弥だって…イケメンが台無し」 「ふふ、何だよそれ」 「ん〜?そのまんまぁ。」 晴弥の作ったフレンチトーストが… 甘くて甘くて… 俺はまた泣きそうになっていた。 別れよう…そうハッキリ言い合えず、だけどハッキリした別れは、お互いの心を締め上げた。 送って行くよって繰り返す晴弥を静止して一人黒弥と暮らすマンションに向かった。 まだ朝なのに日差しが暑くて息をするのが…凄く苦しい。 マンションの下までやって来た俺は、二階の部屋を見上げる。 夜じゃないし…黒弥が居るかどうか…分かんないや… 俺は項垂れて重い足を前に進めた。 鍵穴に差し込んだ鍵を回すのに、どれくらいかかったか知れない。 ゆっくり扉を開いたら、シンと静寂が出迎えた。 黒弥の靴も無い…。 俺達は…どこからすれ違っていたんだろう…。 玄関にペタンと座り込んで両手で顔を覆った。 「黒弥…好きだよ…好きで…おかしくなりそうだ…」 俺は結局…そのまま大学をサボった。 こんな事は初めてだ。 何回か、晴弥から電話が鳴っていたんだけど…泣きついてしまいそうで、出れず終いだった。 黒弥の部屋に入る。 黒ばっかの部屋…シックでカッコよくて…お洒落な部屋…憧れて、憧れて、仕方ない人の部屋…。 ベッドに脱ぎ捨てられたシャツを抱え込んで、横たわった。 やっぱり甘い… 黒弥の香り…。 愛しい…大好きな香り…。 俺はそのまま…眠ってしまった。 もう…俺の気持ちは誤魔化せないだろう。 黒弥に…伝えなきゃならない。 俺が…どんなに黒弥を好きかって事。 その好きが…どんな風に…好きかって事…。 「おい…シロ…シロ!起きろよ…」 あ…俺の…大好きな声がする…黒弥だ…。 くろ…や?!! ガバッとベッドから起き上がる。 目の前には頭をかきながら立ち尽くす黒弥が居た。 「ぁ…あっ!…あのっ!あのねっ!!コレはっ!そのっ!」 俺は手に握ったままだった黒弥のシャツにも動揺していた。 見られた!ってか、黒弥の部屋だし!! いや!寝ちゃう前には覚悟出来てたんだ! 伝えなきゃって!どんな風に…好きなのか…。 だけど!だけど、起き抜けにこんなシチュエーションは…勘弁っ!! 俯いてギュッと目を瞑る俺の身体にフワッと甘い香りがかぶさった。 ベッドに座り込む俺を…黒弥が抱きしめている事に気付くまで… 俺は随分…時間がかかっていた。
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