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夜…シロが部屋から出て行くのが分かった。 どこへ行くのかも分かった。 ただ無力な涙に暮れて、拳がベッドのスプリングを揺らした。 意気地なしの俺は…何も出来ないまま。 足が震えて追いかける事さえ出来ない俺を… どうか嘲笑ってくれないか…。 誰でもいい…俺をここから消して欲しい。 力なく身体を起こして部屋を出た。 ソファーの前のテーブルにコーヒーが置かれたまま… 俺はそれをシンクに流した。 黒い液体がシンクを汚す。 俺の気持ちが溢れて…こぼれてしまったら… こんな風にシロを黒く汚すのが怖かった。 最初は、側に居られるならそれで良かった。 欲望や、願望…日増しに強くなる想いは…とっくにブレーキを壊していたんだ…。 俺はそれに気付けなかった。 暴走して、あんなに隠してきた気持ちを抑えきらず…シロを傷付けた。 シンクに水を流して、コーヒーを流し去る。 ガランとした室内と…穴の空いた俺の心がリンクして…知らぬ間に涙が流れていた。 もう何もかも手遅れなんだ。 もう何も元には戻らない。 もう…壊れたんだよな…俺たち。 朝になって、一睡もしなかった俺はボンヤリした頭のまましつこく鳴り響く携帯に顔を歪めた。 相手は大輝からで、これを無視したら10回目のコールだ。 何かあったのかよ…。 『もしもし』 「おっまえ!!出ろよな!!何回鳴らして」 『悪い…今…それどころじゃ』 「だろ〜なっ!!んな事、知ってっから鳴らしてんだろ、バーカバーカッ!!」 ムッとした俺はゴロンとベッドから身体を起こした。 『知ってるなら話は早いな!俺は今傷心中だ!ほっといてくれよ』 「今すぐ出てこい。おまえが鈴野と話したカフェで待ってる!」 『はぁ?…大輝おまえ聞いてた?俺は今』 「うるせぇなっ!!つべこべ言ってねぇでくるんだよ!!俺、ちょっと機嫌悪いからな!!」 プツッと嫌な音がして電話が切れた。 大輝があんなに怒ってるの…いつ以来だろう。 俺は呆気に取られながらも、支度を整えてカフェへ向かった。 でも、なんだってよりによってあのカフェなんだ…。 俺は結局何も思いつかないまま、目的地のカフェに到着していた。 中に入ったら、大輝が携帯を弄りながらソファーに沈んでいた。 俺が無言で手を上げる。 大輝が気づいて 「よぉ」 と呟いた。 向かいの席にポケットに手を突っ込んだまま座り込む。 『大輝くんは何をお怒りですか?…俺、何かした?』 大輝は肩を竦めた。 「昨日…」 『うん…最悪だった。近々…俺、あの家出ないと行けないかなぁって』 「ほんっとバカだよな、おまえ」 『はぁ?…おまえさ!朝から何、喧嘩売って来てんの?』 「売りたくもなんだよ!おまえはそうやって自分が逃げる事しか考えて無いのな!!」 ハァッと短い溜息をついて大輝が眼鏡を押し上げた。 『何だよ…随分知った口きくんだな』 「少なくとも今のおまえよりは知ってる。白の事も…鈴野の事もだ」 『…なんで鈴野が出てくんだよ』 「昨日…白と何かあったんだろ」 『白…お前んとこ行ってたの?昨日の…聞いたんだ…』 「白は鈴野の家に居た。…俺の家には来てないよ。…それから…白からは何も聞いてない。聞いたのは…鈴野だ。」 俺はゆっくり俯いていた顔を上げて大輝を睨みつけた。 『何言ってんの?おまえ』 「…まぁそんな怒んなよ。今朝、鈴野から連絡があった。白を預かってるって。昨日、おまえと何かあったんだろうって。俺に伝言を預かって欲しいって。」 『伝言?』 「白を返すって。白は、ずっとおまえを見てるって…」 俺は手の平で口を押さえた。 「白を抱いた事は一度もないって。昨日、泣きながら抱いてくれって完全に切羽詰まって、迫って来たらしいんだけど、すぐおまえと何かあったんだろうって分かったって。どの道、おまえと会った時…気持ちを聞いたから、ちゃんと別れるつもりだったらしい。…白の中に…黒弥が居て、鈴野の中にも鳴海涼が居て…苦しかったって。白を好きになればなる程…鳴海を忘れて行く自分も、白が本当に見ているのが黒弥だって分かるのも…苦しくて、もたないって。アイツには耐えられなかったんだろうな…」 俺は目の前のテーブルで、汗をかくグラスを見つめていた。 重なった氷が水の中で溶けてカランと音を立てながら崩れる。 「俺さぁ…分かってるつもりだった。お互い、幼馴染みで居たいんだって。その…さぁ…やっぱ、ガキん時から家族ぐるみって…そう壊せるもんじゃないって。だから、ひっそり見守って来たけど…鈴野が不憫だよ…俺、アイツが一番の被害者だと思ってる。」 大輝は俯いて両手を組み合わせ項垂れた。 「鈴野…白の中に…鳴海を見てだんだろうけど…多分、本気になっちゃったんだな。白に…。だからこそ白に手を出さなかったんだよ。白が…おまえを想ってるの…ずっと分かってたから…」 俺は口を押さえた手で、顔を覆った。 いつの間にかこみ上げてくる涙が…止まらなくて… 大輝の言葉と…鈴野が俺に言った言葉が重なり合って…溶け合う。 「あんた…ただの幼馴染みなんだろ?白が好きなわけじゃないんだろ?俺はただ…その確認に来ただけだ。」 「おまえが白の事を必要じゃないなら…このまま俺が貰う。もう、遠慮はしない。」 鈴野はあの時…俺を焚き付けたんだ。 女遊びをしてる俺を…家に帰らせ、シロと事が運ぶように… だけど…俺もシロも…お互いが怖がって、失くしたくなくて…すれ違った。 シロが…俺を…想ってる… 「白…おまえが帰る頃にはマンションに戻ってるよ。」 『えっ…』 大輝が苦笑いする。複雑そうな表情でポツリと呟いた。 「白と…昨日、ちゃんと別れたってさ。」 ちゃんと… 別れたってさ… なんだ…この苦しい感情 なんで…なんでこんな俺… 情けねぇ… 『ぅ…ぅゔ…大輝…俺…』 「…うん…泣いていいよ…おまえだって…苦しいんだろ」 大輝の優しい言葉を最後に…俺は暫く泣き止めないでいた。 苦しいのは今、俺じゃないよ。 大輝…俺じゃない。 好きな奴を諦めなきゃならない気持ちを… 俺は息が詰まる程…良く知っているんだ。 ガバッとソファーから立ち上がった。 「帰んの?」 『悪い…伝言預かってくれる?』 大輝は一度俯いて、黙って頷いた。 カフェからの帰り道… 煙草に火をつけて煙りを吐き出しながら… シロが…俺の側に居る事を考えていた。 初めから…離せる筈が無かったんだ。 どんなに考えたって… シロが居ない事は…耐えられない…。 足取りはどんどん早くなる。 シロがあの部屋で… 泣いてる気がしたからだ。 マンションに入って、玄関の靴を見てホッとする。 綺麗に揃えられたシロの靴の存在にだ。 廊下を過ぎてキッチンにもリビングにも気配が無かった。 自分の部屋に居るんだろうと決め付けて自分の部屋を開けて…俺は立ち尽くしてしまう。 俺のベッドに身体を丸めて横たわるシロがいた。 寝息を立てて、スヤスヤ眠ってる。 部屋の中に静かに入ると、シロは俺のシャツをギュッと胸に抱きしめている事に気づいた。 カァーッと身体が熱くなる。 心臓がバクバク鳴って…どうにもおさまらない。 俺は意を決して、シロを起こした。 『おい…シロ…シロ!起きろよ…』 ベッドの側まで行って声をかける。 ガバッと飛び起きたシロに、俺は頭を掻きながら立ち尽くして視線をやる。 ベッドにペタンと座り込んでるシロは慌てふためいて 「ぁ…あっ!…あのっ!あのねっ!!コレはっ!そのっ!」 ギュッとシャツを握りしめたまま目を閉じるシロ。 ゆっくりベッドに上がって…シロを 抱き寄せた。 俺の腕は随分と震えていただろう…。 シロも…暫く動かなかった。 俺たちは…こんな風に意味が合って抱き合う事なんて、無かったからだ。 華奢な身体をゆっくり、ゆっくり引き寄せて、身体を密着させる。 胸元で小さな声がする。 「く…ろや…俺…」 掠れる声… 白い首筋… 俺のシャツを握ったまま…小さく震えてる。 『…待って…俺…先に言いたい。』 腕の中で見上げてくる透き通るブラウンの瞳に、キュウっと胸が締め付けられる。 『シロ……好きだ。』 シロの目が見開かれる。 『もう、本当は…ずっと長いこと…おまえの事…幼馴染みとして、見れてない。』 シロがグッと天を仰いで…ギュッと額を肩に押し付けてくる。 「ぅ…くっ…ぅ…ぅゔ…」 『シ、シロ?…』 泣き始めてしまったシロを覗き込む。 ボロボロと涙を流すシロに、俺は…どんなに不安な思いをさせて来たのか…思い知る。 指先で何度か涙を拭って… 『シロ…シロは…俺の事…』 ガバッとシロの腕が俺の首に絡みついた。 「ぅゔ…好きっ…好きだよっ…好きっ…ぅ…好きだよぉーっっ…」 あぁ…あぁ!…もう!もう!本当にっ!! 俺は何をしていたんだろう…傷つけて、傷つけて…こんなにも好きなのに!!! ギュウッと腕の中で引き寄せる。 ゆっくり頰に手を掛けた。 『キス…していい?』 シロが小さく、頷いた。 鼻を啜りながら微笑むシロ。 白い肌がピンクに色づいて…桜の花弁を思い出す。 唇を確かめるように指先で撫でてから、ソッと顔を傾けた。 「ン…んぅっ……」 クチュ  クチュ  チュ 「ハァ…ン…黒弥…す…き…好きっ…」 頭が…真っ白になる…。 こんなにも…大切だったんだ。 俺はシロをベッドに押し倒した。 もう何年も縛り付けた理性が、音も無く解けて溶けて消えて…無くなる。 シャツの中に手を入れる。 滑らかな肌が、これでもかと手の平に吸い付いてきた。 ジンジンと、こめかみが熱くなる。 息が上がる。 苦しい。 こんなに触れてるのに、今までの拘束が足を引っ張るように空回りする。 『シロっ…ハァ…シロっ…好きだっ…』 脱ぎ去った衣服がベッドから滑り落ちて行く。 唇を塞いで、首筋を舐めて、何度も何度も吸い上げて足跡を付けていく。もう誰にも渡さない!!誰にもっ!! 細い腕が俺の背中を抱き寄せる。 鎖骨に口づけて、胸の尖りを舐め上げた。 「んぅっ…!!くっ…」 『シロ…感じて…声…聞かせて』 「黒弥っ…ぁっ…んっ」 ピチャ チュク…チュ… 念入りに胸の尖りを愛撫する。 もう、ただ夢中で、この身体にこんな風に触れている俺は…罪を犯してるんじゃないかとさえ…。 お互いの熱が触れ合う。 俺はゆっくりそれを重ねて握る。 「黒弥っ!!」 唇を塞ぎながらシロの手を引いた。 俺の手とシロの手を重ねながら、上下させながら、息を上げる。 華奢な腰が何度も揺れて浮き上がる。 『気持ちいい?…』 「んっ…すご…い…俺っ…イッちゃう…だっだめだっ!こんなっ…」 『良いからっ!全部っ…全部見せて…全部っ…俺のモノになって…』 シロの瞳が見開いて、俺の背中に爪を立てた。 二人の手中には、白濁が塗れる。 息が上がって、混乱してる。何故だか酷い焦燥感を感じて、失いたくないあまり、また激しく唇を塞いだ。 「黒っ…息っ……んぅっ…くる…し」 『ハァ…ハァ…ごめっ…俺っ…俺っ…』 シロがソッと俺の頰を撫でた。 「きて…俺…ちゃんと…抱いて欲しい」 俺は息が詰まって、苦しくて、こんなに取り乱しながら誰かを抱いた事なんてなくて… シロの膝裏に手を掛け、ゆっくり指先を使って息を整えながら、受け入れて貰う場所を解した。 苦しそうに歪む綺麗な顔が堪らなくて、また気がおかしくなりそうなのを唇を噛み締めて耐えた。 『シロ…挿れるよ…』 「んぅっ…くぅっ…はぁっんっ!!」 ギュッと身体を折りたたむ。 『くっ…シロッ!…力抜いてっ…』 「ハァッ!!んんっ!ぁっ!ぁあっ!」 中を擦り上げると、シロの爪が背中に埋まる。 ギリッと痛みに耐えながら 俺は…容赦なく 貫いた。 どんなに背中に痛みを感じても…シロが苦しそうにしていても…もう、引き返せなかった。 引き返すつもりなんて…無くなっていた。 どんなに好きだったかを 思い知る。 どんなに欲しかったのかを 痛感してる。 俺はおまえだけ居れば… ………それで良かったんだ。
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