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彼女の家までは一駅の距離。 傘をさして歩く俺はこれから先のシロとの共同生活を不安に感じていた。 まだ数週間しか一緒に暮らしてないのに…アイツときたら俺をイライラさせたかと思うとさっきみたいにギュッと胸を鷲掴みにするような痛みを与えてくる。 家は隣りだったけど、中学に入った辺りからお互いに付き合う仲間も変わって、自然と距離みたいなもんを感じてた。 救いは親同士がやたらめったら仲が良い事だった。 誕生日や年末年始は必ずどちらかの家で召集がかかり、会話が無くても俺達は同じ時間を過ごしていた。 ただ…最近はその程度の距離感で…その程度の感情を維持できていたんだ。 こんなに近くアイツを感じたのは久しぶりで… まさか、俺自身がこんなにアイツを… 苦笑いして傘を傾けた。 足元だけが見える視界に、切なさってヤツを見つけた気がして、俺はまた大きな溜息を吐いたんだ。 電車に乗って改札を出たところで彼女の松坂春奈(マツザカハルナ)が出迎えてくれる。 春奈は長い髪を揺らしながら俺に手を振った。 軽く右手を上げる。 胸元に飛び込んできた彼女からは甘過ぎる香水の香り。 額にキスをしてギュッと抱き寄せた。 小柄で柔らかい感触が女の子だなぁって感じる。 春奈は俺の腕に自分の腕をぐるっと絡めてピッタリ寄り添ってくる。 歩きにくいなぁ…なんて思いこそすれど、口には出さない。 彼女の軽快なお喋りに付き合うのはちょっとした、義務な気がしていた。 これから頂く快楽を思えばこれくらいの報酬は、支払って然るべきなんだ。 俺の心の腐った部分に自身で呆れながら彼女の一人暮らしするマンションに上がった。 ワンルームの狭い部屋にはベッドがキュウキュウに押し込まれている。 どれくらいの雑談が必要?… どれくらいの塩梅が、君を満足させる? 見計らいながらジワジワと距離を詰める。 俺と君の愛ってやつのね。 春奈がキッチンでコーヒーを入れてくれる。 狭い部屋に置かれた気持ち程度の大きさのテーブルにそれが置かれた。 湯気が上がるカップを手の中に収める。 ユラユラ揺れるコーヒーの水面に細く息を吹き掛けた。 「今度さぁ、どっか行こうよ!映画とかじゃなくてぇ、ディズ○ーラ○ドとかさぁ」 ベッドに腰掛けた俺にもたれかかってくる。 俺はカップのコーヒーを一口だけ飲んでテーブルに置いた。 『そうだなぁ…楽しそう…春奈と行けるなら…』 俺は春奈の顎に手を掛けて上向かせると、ゆっくり近づいて口づけた。 クチュ 舌の出はいりする水音が鮮明に狭い部屋に響き渡る。 顔を赤らめる春奈をそのままベッドに押し倒した。 あぁ…イケナイ… 俺は顔をシロに置き換えるワザを… 最近になって習得したんだよ…。 春奈の首筋に顔を埋めて、白い首筋に舌を這わす。 ピクンと跳ね上がる華奢な身体は柔らかい。 シロなら…シロならどんな声で鳴くんだろう…。 あぁ…イケナイ… こんなに俺を好きな彼女を平気な顔で裏切って… 唇に口づけながら、スカートの裾をたくし上げ…そっと撫であげる。 春奈は自ら少し足を開いて俺の指が焦れた箇所を撫でるのを待っていた。 シロなら…きっと、固く脚を閉じるだろう。 耳から全身まで赤くして、身を捩りながら熱い吐息を吐いて…俺がそれを…押し開く… やべぇ…すっげぇエロい… 俺がそうしたいと願う身体を開く予定は皆無だけど… 叶うなら…シロを抱きたい。 春奈の下着に手を掛けて片足だけ抜いて悪戯に愛撫する。 女特有の甘い甘い鳴き声が響いて… 俺は自分の盛った熱にポケットから出したゴムを被せ押し込んだ。 服を着たまま、簡単に済ますSEXは… あっという間の汚れ遊び。 春奈は身体を震わせ絶頂を迎えていた。 強く穿つ熱は感情のないまま排出行為を終了していた。 春奈にキスを繰り返す。 おまえを誰かの変わりにしているなんて、決してバレないようにだ。 昔から嘘は得意分野で、そこに羞恥心や罪悪感は宿らないたちだった。 典型的なクズだと自負してる。 彼女の服を丁寧に整えてベッドの上で抱き寄せた。 腕時計を確認して小さな声で呟く。 『…ぁ…』 「どうしたの?」 『ごめん!友達と約束してたんだ…』 「えぇ〜、来たばっかじゃん」 『だよな…なんか相談あるって言ってたけど…断るよ』 眉間に皺を寄せて携帯をタップするフリをする。 春奈はそれを信じて、俺に言った。 「何の相談?」 『いや…分かんない。俺にしか言えないっつってたけど…自分で何とかしてもらうしかないよ…』 項垂れる俺を見て、春奈はしぶしぶ呟いた。 「行ってあげたら?…黒弥にしか話せないんなら仕方ないよ」 俺は待ってましたとばかりに顔の前でパンッと手を合わせた。 片目を瞑りながら申し訳無さそうに謝る。 『悪いっ!また来るな!ごめんっ!』 「もう、良いよぉ、黒弥は友達沢山居るし、しょうがないよね。連絡してね!」 『するっ!絶対するから!』 春奈の首筋にキスをして頭をポンポンと撫でた。 玄関を出てまだ降ってる小雨の中を傘をさして歩く。 片手をポケットに突っ込んだまま、真っ直ぐ駅に向かった。 電車を待つ時間は無駄に思えて好きじゃない。 向かいのホームに流れるように歩く人を観察していた。 1人1人にどんな風なドラマがあるのか…焦点の定まらない視界で見つめた世界を妄想していた。 電車が滑り込んでくる。 1番先頭の車両の窓に幾つかの桜の花弁がへばり付いていた。 どこかの桜並木を突っ切ってきたんだな… 何だか寂しい気分になって、俺は2人で暮らすマンションに引き返す。 コンパの誘いも飲み会もパスした。 シロが寂しそうな目をしてたから。 ちょっと早く帰ってやろうかなって… 早く帰って…出来る事ならこの腕に… いやいや…それは叶わないから… せめて俺の吸うタバコを… 叱ってくれはしないかなって、歪んだ愛情が絡まり始めていたんだ。 マンションの下まで帰ってきた。 シトシト降る雨にさしていた傘を閉じる。 二階にある俺たちの部屋の窓には灯りが付いていない。 シロ…寝ちゃったのかな。 俺は手にしていたビニール傘をバタバタと振り払い雫を飛ばした。 エレベーターを使わず階段で軽く一段飛ばしに駆け上がる。 鍵を差し込んでゆっくり回し、中に入るとやっぱり人の気配はしなかった。 上着を脱ぎソファーの背もたれにかける。 キーケースをリビングのローテーブルに放り投げた。 ザッと滑り落ちてラグの上に落下する。 ドサッと身体をソファーに預けて横になった。 『どこ行ったんだよ…大人しく家でゲームでもしてろっつーの…』 俺はシロが居ないのを良い事にリビングでポケットから出したタバコを咥えた。 ライターの火を近づける。 天井を向く先っぽがじんわり赤に広がって灰に変わるのを見つめた。 もう暗いって言うのに部屋にシロが居ない。 食事をした形跡もない。 イラッとする気持ちをタバコに向けて煙りを吐き出した。 ふわぁっとリビングに広がる紫煙に苦笑いが溢れる。 俺の可愛いシロは…今どこに居るんだろう。 きっと帰って来たら…リビングでタバコを吸うなって凄く怒るんだ。 俺の胸元を引っ掴んでバカって言うんだ。 目を閉じても…モヤモヤが消えず灰皿を求めてソファーから立ち上がった。 キッチンのコンロ横に置かれた灰皿に灰を弾き入れる。 携帯を手にタップした。 誰からもコンタクトはない。 俺はシロのLINEのアイコンをぼんやりと眺めていた。 どれくらいそうしていたか分からない。 少し眠くなったり、腹が減ったりしながら、シロの帰宅を待った。 雨足が強まる音がする…。 アイツ…傘あんのかな… ベランダに繋がる窓ガラスに歩みよる。 外はもうすっかり真っ暗で、強く降る雨の白い線がいく筋も重なり合っていた。 ガチャン 玄関が開く音がする。 俺は取り繕ったようにソファーに身を沈めた。 心配なんてしちゃいない。 おまえを待ってなんかいない。 そんなスタンスでおかえりを伝えた。 「あれ?早かったんだね…」 『あぁ…うん…シロは?』 「ん〜?俺?ちょっと女の子とデート」 『えっ?!!』 ガバッと立ち上がった俺に、肩を飛び上がらせ驚くシロ。 「なっ…何だよっ!俺だってそういう事も…あるって言いたいとこだけど…今日は男とデートだったよ」 疲れたぁ〜なんて言いながら上着を俺と同じようにソファーにかけるシロ。 『男?』 俺はシロの肩を掴んだ。 「うん…疲れたぁ…」 コテンと俺の肩口に額を落とすシロ。 無防備で…昔から距離感がバカなのがシロ。 俺は柔らかな黒髪を撫でた。 『ちょっと出掛けただけで疲れ過ぎだろが。』 軽口を叩いて髪に触れる手の平が不自然にならないよう努める。 まるで猫みたいにして首筋にスリっと擦り寄って、吐息がかかる距離で喋り出すシロ。 「そうだけど、やっぱ黒弥以外の人と出掛けるとうんと疲れるよ…緊張しちゃうし…」 『俺と一緒だと緊張しないのかよ…』 「今更だろ?何に気を使うんだよ。」 肩口からパッと顔を離して俺を見上げた。 『いや…そうだけど、でさ…誰?男って』 「あぁ…大学入って仲良くなった子だよ。黒弥は知らないと思う。」 『そんな事聞いてないっ!誰っ?』 シロがビクっと肩を跳ね上げる。 「大きな声出すなよぉ〜、ビックリするだろ。鈴野晴弥(すずのせいや)だよ。知らないだろ?俺とクラス一緒なんだ。」 『ふぅん…』 鈴野…晴弥ねぇ… 『飯でも行ってたの?』 何も悟られる事のないよう、あくまでも普通の声音を守って慎重に他愛いない会話を繰り広げる。 「うん、ふふ…面白い奴でね、すっごいイケメンのクセに俺とデートするんだってうっるせぇの。でね、今日黒弥が出てすぐ連絡あって、映画観て食事して帰ってきたんだ。 あの映画、黒弥も好きだと」 『そいつ、ゲイなんじゃねぇの?』 あんまりに楽しそうに話すもんだから苛ついてしまって、つい…被せるようにキツく言い放ってしまった。 「ど、どうしたの?…なんか…怒ってる?」 『え?何でおまえが男と遊んで来て俺が怒るんだよ。…あぁっ!シロ、俺にやきもち妬いて欲しいの?』 「バーカ!んなわけないだろ!後、もうシロって呼ぶなよな!はぁーくっ!!晴弥はちゃんと白って呼んでくれるんだから!」 シロの言葉に カチンと来たのは確かで… でも… シロよりも… 気安く白とか呼ぶそいつに1番カチンと来てて どうしょうもない憤りを… 感じていたんだ。
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