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"白って呼んでくれるんだから!" シロの言葉に興味がないように伸びをした。 『そんな事知るかよ…あぁ〜眠たい!寝よぉ〜っと』 俺は頭の後ろで気怠げに腕を組んで自分の部屋に入った。   バタンと締めた扉にもたれこむ。 手の平で顔を覆ってズルズルヘタリ込む。 俺が春奈と宜しくやってる最中…おまえはそうやって…俺じゃない誰かに笑いかけたりしてたんだな。 苦しいのはおまえのせいじゃない。 苦しいのは…俺が馬鹿なせい…。 はぁーっって長い息を吐き捨てて項垂れた。 コンコン もたれた背中越しのドアがノックで揺れた。 俺はそっとドアから離れて小さく返事をする。 『何…』 「黒弥…お風呂まだだよね?先入る?」 『…一緒に入るぅ〜』 暫く沈黙になって、バンッてドアが揺れた。 「バカじゃない!うちは広い温泉じゃないんだよっ!俺、先入るからなっ!」 俺はフローリングに寝っ転がってクスクス笑った。 『はぁ〜い』 笑いが止まらなかった。 俺は…本心で返事を返したのにな。 おまえは遊び人の幼馴染みにからかわれたと憤慨するんだもん。 可愛いったらない。 きっと扉の向こうでは耳を真っ赤にして怒ってる。 あ〜ぁ…一緒に入りたい。 ぬるいお湯に浸かって、後ろから抱きしめながら長湯も良いな… シロの首筋に噛み付いたり吸い付いたりしたい。 だけど…叶うはずもない。 叶うはずも……ない。 俺は翌日の大学構内をウロウロしていた。 鈴野晴弥… 一目でいい。 俺のシロに良い顔してる男を見ておきたかった。 何人かに鈴野居る?なんて知り合いみたいにして聞いたけど、今日は見てないよ、なんて返しやがる。 小さく舌打ちして教室の入り口から離れた。 その時、肩に当たった男… 「あ、ごめん」 黒髪の前髪が長めに被った男が俯き加減に呟いた。 『ぁ…わりぃ』 その時… 何故かピンと来たんだよな… 教室に入ろうとするそいつの肩を…掴んでた。 『なぁ…』 「何?」 低い声…視線の高さは同じくらい。 『鈴野…晴弥くん?』 「………だったら?黒弥くん。」 俺は逆に目を見開いて驚いた。 俺の事を知ってる…それに驚いたのと、挑発的にニヤリと笑う顔があまりに苛ついたせいだ。 『昨日はシロが世話になったみたいじゃん。…仲良くしてやってよ。アイツ…陰キャだからさ。』 強気にそう返したら、俺の方にしっかり向き直って…耳打ちしてきた。 「仲良くしますよ…もっとね」 チラリと覗かせた八重歯が印象的で気を取られてる間に俺の肩をトンと叩いて教室に入って行った。 間違いない… コイツ…シロの事… 『おいっ!』 乱暴に呼びかける俺にゆっくり振り返る鈴野。 『シロに妙な事したら許さねぇからな…』 絞り出すように吐き捨てた。 クスっと笑う鈴野。 「妙な事?…あぁ…ちょっと何言ってるか分かんないなぁ…ふふふ」 『テメェ…』 俺が食ってかかろうとした瞬間だった。 廊下から聞き慣れた声がする。 「黒弥!…晴弥どうしたの?」 透き通るブラウンの瞳が頭一個分程低い位置から見上げてくる。 「おはよう、白。」 「おはよう…2人…知り合い?」 シロが俺を訝しむ目で見つめる。 『シロ…シャーペン貸して!』 「え?」 『筆箱忘れたらから!あと、今日俺、生姜焼き食いたいから作って。』 「何だよ朝からぁ…お肉、冷蔵庫に無いよ?」 『終わったら一緒に買い物行こうぜ』 「あ…うん。ハイ、シャーペン」 シロはリュックから筆箱を取り出して俺に一本手渡した。 「消しゴムは?俺、二個あるからさ。ハイ」 『サンキュー、じゃ、後でな』 「はーい」 シロは俺に手を振って背を向ける。 その肩に手を回した鈴野が俺を振り返り… またニヤリと微笑んでいた。 くぅ〜〜っ!!! なんだっアイツっ!! 会いに来て良かった!確認して正解だ!! アイツ!絶対シロを狙ってる!!何でシロなんだ!あれだけイケメンだったら男なんかに手出さなくたって!!!……出さなくたって… どうしよう…シロが食われたりしたら… ずっと安心してた。 正直、幼馴染みだし、ずっと一緒だし、離れる事なんて無いと思ってたし… 何より、シロは友達が多いわけじゃないし、超がつくインドアだ。 誰かに盗られるなんて…思っても見なかった。 シロの事を好きなのは俺一人で…俺だけが苦しんでるんだって。 いつか、俺のタイミングで何か起こるんじゃないかなんて都合の良い事まで考えていた気がする。 鈴野… 俺は手に握ったシャーペンと消しゴムを開いて見つめた。 シロ… 俺、シャーペンも消しゴムも持ってる。 シロ…そんな風に肩を抱かれて…そんな風に耳に息がかかる距離で話すソイツと離れてくれよ…離れてくれよ… 教室で机に突っ伏す俺はきっと酷い顔をしていたに違いない。 隣の席にドサっとリュックが置かれて声がした。 「何?昨日もオールかよ」 ゆっくり顔を上げて隣を見ると、椅子にもたれながら携帯を弄る清水大輝(しみずだいき)がいた。高校からの腐れ縁だ。 『いやぁ…まぁ、ある意味オール…』 「ふぅん…相変わらず謎だな。白は?元気してる?最近会わないけど」 『本当に?真面目ちゃんだからちゃんと学校来てんぜ?ホラ…これもシロちゃんのだし。』 俺は机に転がったシャーペンと消しゴムを人差し指で弄った。 「あぁ…じゃあ、俺が出会ってないだけだ。」 俺は机にだらしなく頰を寝かしたまま呟いた。 『なぁ…鈴野って…知ってる?』 大輝に問いかける。 大輝は携帯ゲームをしながら眉間に皺を寄せた。 「鈴野?…ぅう〜ん…あっ!ミスった!ちゃぁ〜…あーぁ…死んじゃった…てかさ…何?なんかあった?」 頭が良くて…勘が鋭く…まぁまぁの容姿にメガネをかけたお洒落男子は… 実は色々と勘づいているのだけど… 彼はとってもお利口だから…俺にとやかく言わないのだ。 『いやぁ…知らねぇならいいやぁ…』 グデンと腕を机に伸ばして脱力する。 「鈴野…晴弥?」 『おまっ!知ってんじゃんか!!』 「アイツ凄い頭良いらしいからなぁ…何?興味あるの?」 『ハァァン?…顔も良くて頭も良いのかよ。ますます気にいらねぇな』 「何、チンピラ映画みたいな事言ってんだよ。…あぁ…予想ですけど…白になんかあった?」 俺は小声で聞いてくる大輝をガバッと起き上がって睨みつけた。 『何でっ!何でそういう流れになんだよ!別に俺はっ!』 「あぁ分かった分かったよ!カッカすんなって。おまえさぁ…こう言っちゃなんだけど…分かりやすいんだから色々気をつけろよ」 俺は最後のセリフにまた机に突っ伏した。 どうせ分かりやすいなら どうにか良い方法で…伝わってくれよ。 シロ… おまえにだけ 伝わらないんだから…。 朝からずっとそんな調子で、大輝は不機嫌な俺を宥める係りになっていた。 やっとの思いで、1日が終わる。 俺は学校の中にあるカフェテラスでシロを待った。 一緒に帰る約束をしたからここで待ってれば間違いない。 数分前まで前の席で携帯ゲームをしていた大輝は先に帰ってしまった。 去り際の台詞が気に入らない。 「あんまり白、苛めんなよ」 苛めてねぇし… 俺は携帯をタップしながらシロにLINEした。 "今どこ?" 暫くして返信が返ってくる。 "今、晴弥と話してた。すぐ行くね。カフェだよね?" "早くしろよ" "分かった" 何だよ…晴弥、晴弥って… シロのくせに… 俺は人差し指を軽く曲げてそれに噛み付いた。 ギリっと痛んで…少しだけ気が収まる。 早くタバコが吸いたくて仕方なかった。 苛々して、このままじゃ大輝の言う通り、シロを苛めてしまいそうだ。 つまらない嫉妬をシロにぶつけてもアイツはきっとその原因なんて気付きもしないんだから。 溜息を吐いて携帯をポケットにしまう。 通路の向こう側から見慣れた幼馴染みを包み込むように歩く鈴野が見えた。 立ち止まった2人は向き合って楽しそうに笑っている。 俺は目を細めてそれを見ていた。 鈴野が少し屈んでシロに目線を合わすと頭をポンポンと撫でて手を振った。 2人はそこで別れ、シロはこっちに向かって歩いてくる。 俺を見つけて… 笑顔で手を振ってくる。 シロ… おまえに付ける首輪…売ってないのかな… 虚な俺の目はシロを捉えられず彷徨った。 汚い嫉妬が心を蝕む。 こんなに不安なのに… 何一つ 伝わらない。
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