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ソファーから力なく立ち上がった俺は、バスルームの水音に溜息を落としながら自分の部屋に入った。
さっき起こった映画のワンシーンみたいなキスを覗いていた窓辺が、カーテンを少し開いた状態で俺に問いかけてくる。
"一体おまえは何を見た"
だらしなく肩を落としてベッドに座り込んだ。
『鈴野のやろぅ…』
枕元に置きっぱなしの携帯には、あれから着信は無いものの、LINEが数件入ってる。
俺はタバコに火をつけて肺を満たすと、細く煙りを吐き出した。
大輝からのLINE…。
開くのが、本当は少し怖かったんだけど…今の俺には出来る事なんて何もない気がして、手にしていたタバコを咥えて画面をタップした。
"なーんで出ないんだぁ〜"
2回も鳴らしたのに出なかった俺への苦情1件。
"電話の方がいいんじゃねぇの?"
気遣いが1件。
"白と何かあったか?
とりあえず、情報な。
アイツ、鈴野、高校の時ちょっと問題有りだったみたいだな。
何回か停学になってる。
理由は傷害事件だ。
調べたって何も出ないだろって思ってたけど、人なんて分かんねぇな。
最近白、アイツと良く連んでるだろ?
大丈夫なのか?
後、どーでも良い情報なんだけど、ベロにピアス付いてるらしいぜ!痛そう…
掘ればまだ何か出そうだけど、今日はこの辺でお終い。
ゲームのレベル上げがありますんで!
また明日な"
明確で正確過ぎる情報が1件。
俺は大輝に感謝を込めて頭を下げた。
アイツは昔から探偵でもやってんのかってくらい繋がりを持っていて、将来はそれこそサラリーマンなんてしないで情報屋にでもなれば良いんだと俺は思ってる。
そうすりゃ、日がな1日ゲームにだって没頭出来るってもんだ。
にしても…
傷害って…随分血の気が多い話じゃないか。
確かに、俺みたいなのに急に絡まれたって全く動じる感じじゃなかった。
寧ろあの嫌な微笑み方。
思い出してもイライラする。
整った顔に、人からの視線を遮るような黒い前髪が目にかかっていて…カラスみたいだったな…。
かたやシロと来たら無防備にも上がった口角と、白い肌を晒して上目遣いに透き通るブラウンがかった瞳を輝かせるんだ。
今に始まった事じゃないけど、本当に距離感がバカだ。
だから、あんなややこしそうな奴に狙われて…
俺はガクっと頭を垂れる。
思い出しちまった…
しっかり重なってた。
多分…あれは…
シロにとってのファーストキスに違いない。
何が悲しくてあんな奴に!!
溜息を吐いては手にしていたタバコがギリギリまで短くなった頃、ようやく気持ちが少しだけ落ち着いたように感じた。
リビングでシロの足音がするから、俺の側にシロがいるって安心したんだろう…。
コンコン
俺の部屋をノックする音がして、シロの声が優しく響く。
「黒弥、お風呂空いたからね。…おやすみ」
どこかいつもより元気がないシロの声に、引っ張られるみたいに部屋を出た。
『シロッ』
「っわぁ!ビックリした…どうかした?」
首を傾げるシロは風呂上がりで白い肌をピンクに染めていた。
濡れた髪が普段のセットした雰囲気とはまた違って俺を誘惑する。
『あ…いや…えっと…明日、朝飯俺作るわ』
「え?本当?…どうしちゃったの?ふふ、まぁ…助かるけどさ。じゃあ、お願いしていい?」
『おぅ…期待すんなよ』
「あはは、しないよぉ〜黒弥だよぉ〜」
ヘラヘラ笑うシロに肩の力が一気に抜けて行った。
『バァーカ!俺だって朝飯くらい作れんだよ』
「はいはい!じゃあ、宜しく!おやすみ」
『…なぁ…』
「ん?」
『…シロってさ、好きな奴とか…居るの?』
シンっと空気が鳴るような静寂。
はっ!!!俺何聞いちゃってんだよ!!
バカなの?これで居るとか言われたらおまえは完全なるダメージくらっちゃってもう絶対復活出来ないぞ?!
ぁぁあっ!もうっ!バカだ!
シロは訝しむような表情で俺を見上げた。
「何それ?随分急な質問だね?…俺、黒弥みたくモテないし…外も出ないし…ゲームばっかしてるし…好きな人って言われてもねぇ…」
難しい顔をして真剣に考え始めてしまったシロ。
『あ、良いんだ!居ないならさ!』
「居なくはないよ?好きな人でしょ?」
『あぁ…うん、そう、好きな…っっ!!はぁ?居るの?何?誰?いつからっ?!!』
ガシっと肩を鷲掴みにして身体を揺すってしまう。
「ちょっ!落ち着けよっ!そんなの黒弥に決まってんだろ!ずっと一緒に居るんだから。当たり前じゃん、ね?」
ニッコリ微笑みかけてくる。
俺は完全にポカンとしてしまって…。
肝心なところでこんな天然ぶちかます奴だっけ?とか、好きな人俺なの?やったぁ!とか、違うだろバカ!好きな人の意味違うくね?とか、そりゃあもう…走馬灯のように色んな言葉が駆け巡った。
「ねぇ…何バカみたいな顔してんの?黒弥さぁ…今日マジで変だよ?熱とかない?」
肩を掴んだまま呆気に取られてる俺に近づくと、コツンと額を額に重ねてきた。
『シッシロっ!』
パッと離れたシロは熱はないねって微笑んだ。
「今日は早く風呂入って寝なよね!じゃ、おやすみぃ〜」
『おっおやすみ…』
バタンとシロが部屋に入ってしまう。
シャンプーの堪らなく良い香りと、キメの細かい白い肌が目の前に…重なっていた額が熱い。
俺はバチンと片手で顔を覆った。
ズルズルっとその場にへたり込み、ハァ〜ッッと溜息を床に落とす。
『あれはダメだろ…いや、絶対ダメじゃん…いちいちエロいんだよ』
今までで1番近い距離だった。
心臓は暫く早鐘を打ち、全身に火がついたみたいに熱かった。
おまけに好きな人が俺だって?冗談じゃない!!そんな意味違いの告白なんて要らないんだよ!大好きな幼馴染み!そんなもんはっ!!
そんなもんはもう…欲しくないんだよ…。
シロは…
俺の事を、知らなさ過ぎる。
さっきのおまえをオカズにして…
俺は何度だって…
バカな妄想に、鼻の奥がツンとした。
翌朝、大して得意でもない朝が起きれたのは言うまでもなく徹夜だったからだ。
眠れるはずがなかった。
大好きなシロがキスをしたんだ。
女なら諦めがついたかも知れない。
それなのに、相手は男だし、どうにも反りが合いそうにない奴だ。
挙句の果てには俺の好意になんて気づきもせずに額で熱を確かめてくるなんて暴挙を…
「黒弥ぁ…なんか焦げ臭くない?」
部屋から出てきたシロが目を擦りながらキッチンに入ってくる。
俺はハッと我に返ってフライパンの目玉焼きに目を向けた。
『うわっ!!ヤッベ!!』
慌ててひっくり返したら…真っ黒だった。
「あちゃぁ…」
俺の腕の服を掴んでフライパンを覗いたシロが残念そうに呟いた。
『ごめん…』
「ふふ、やっぱ黒弥は食べる専門だなぁ。変わるよ」
シロがポンと俺の背を叩いた。
俺はフラフラとキッチンを出て、リビングのソファーに倒れ込む。
カウンターキッチンからシロが声を掛けてきた。
「黒弥はさぁ…俺が居なきゃダメだね。」
伏し目がちにフライパンを見つめているシロはいつもより意味深な言い方で呟いた。
ソファーに手をついて体勢を起こす。
カウンターから見えるシロを見つめた。
『ばっ!バカじゃねぇーの!おまえ居なくたって平気だわ!目玉焼きくらいっ!今日はちょっと失敗しただけだろ!』
あぁ…俺はバカか。
じゃなきゃドMなのか?
思ってもない言葉ならスイスイ口をついて出る。
「えー…酷いなぁ、俺居なくても平気なんて言っちゃう〜?…ふふ。」
少し落ち込んだように聞こえるシロの声は気にかかったけど…今更どんなフォローを入れたら良いのか分からなかった。
俺はおまえが好きだ。
下手をしたら、そんな率直な告白をかましてしまいそうだったからだ。
リビングのカウンターキッチンの隣に置かれたダイニングテーブルに朝食が並ぶ。
向かい合う俺達はいつもより何だかテンションが低くて、会話が続かなかった。
俺はそれが、シロが今日登校してからの事を不安に思っているのが分かっていたし、
何よりそれに苛ついている俺も口数が減っている事に気付いていた。
シロは今日…どんな顔で鈴野に会うんだろう…。
俺はそれを、何の牽制もする事無く1日を過ごせるんだろうか…。
目の前で食事を終えたシロが食器をキッチンに運ぶ。
俺も、皿を手に立ち上がった。
『洗い物…俺するわ。』
「マジ?サンキュ…じゃ、俺先行こうかな」
『やっ!あのっ!』
シロがリュックを片手にしたのを呼び止めた。
「何?」
『あぁ…えっと…今日一緒に行こうぜ!天気良いしっ!!』
「……黒弥…雨、降ってるよ」
シロが眉間に皺を寄せた。
黒い大きな傘が1本。
俺は自分の右肩が少し濡れるのなんてお構いなしにシロに傘をさしかけた。
雨足はそれ程強くはない。
「晴れてるなんて嘘付いて呼び止めてくれて良かったよ。傘、一本しか無かったなんてさ」
シロがクスクス笑いながらゆっくり歩く。
俺もうんと苦笑いしながら歩調を緩めソレに合わせて歩いた。
『全部どっかに置いて来ちゃうんだよなぁ…まぁ、何にしても良かったよ』
咥えたタバコの煙りを陽気に吐き出した。
雨粒と
タバコの煙り
可愛い可愛い…俺のシロ。
暫く歩くと、黒い傘の生地の向こう側に…
立ち尽くす男の足が見えた。
傘を上げて、視界を良くする。
そこには…鈴野晴弥が
立っていた。
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