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7
「晴弥…」
「白…」
雨音が…強まる。
ぎこちない2人。
俺は隣りのシロを見下ろした。
唇を結んで…緊張してるのが分かる。
『悪いけど雨だし、どいてくんねぇかな』
俺が目の前に立ち尽くす鈴野に言葉を投げた。
「白と話があるんだ。白、傘ないならこっちに」
『悪いけどっ!つったよな!後にしろよ』
俺がピシャリと言い放つと、シロが俺の腕を握った。
「…分かった。白…後でな。」
鈴野は向きを変えると足早に学校へ向かった。
シロが…動かない。
俺の腕を握って…離さない。
『シロ…大丈夫か?』
俺が少し屈んで視線をあわせると涙をいっぱい溜めて俺を見つめた。
『シロ…何かあっ』
「俺っ!!」
ぎゅっと目を瞑って俯くシロ。
傘を叩く雨音は強くなる。足先から冷えて、みるみるあちこちに水溜りが出来る。
「俺っ!…くっ……ぅ…ゔぅ…」
俺はハァ…と深い溜息を吐いた。
大切な幼馴染みが泣いている。
悔しさなのか、苦しみなのか、俺には分からない感情で今、まさに目の前でシクシクと泣いている。
これは俺が泣かせたんじゃ無くて…
これは俺が苦しめてる訳でも無くて…
ただ、シロの気持ちを占領している鈴野に腹が立った。
こんなにも無力に感じた事はない。
シロの肩を引き寄せてゆっくり胸に抱きしめた。
ぎゅうっと優しく頭を包み込んで、柔らかな黒髪を撫でる。
ヨシヨシって声を掛けて、シロの泣き顔を俺の胸に隠し込む。
アイツの為に泣くおまえを…俺は今
………許せないでいる。
ガラクタ並みのポンコツな理性が…
ブレーキを壊してしまう。
『シロ…アイツと…喧嘩でもした?』
抱き寄せた耳元に囁く。
少しだけシロの耳に触れた自分の唇。
キスした事を知らない振りするズルい俺。
シロは小刻みに震える身体で俺の首筋から顔を起こす。
小さく頭を左右に振って否定する。
「…大丈夫…後でちゃんと晴弥と話しするから。黒弥は心配しないで。ごめん…ごめんね」
俺は傘を持ち直し、少し離れたシロにさしかけた。
『……分かった』
俺はそう言うしかなかった。
無理に作った笑顔を俺に向けて…真っ赤になった鼻を啜ったシロ。
そこへ後ろから声が掛かる。
「黒弥っ!何なにぃっ!男同士で抱き合ってるからビックリしちゃったぁ。あ、もしかして、幼馴染みのぉ〜シロくん?」
そこに立って居たのは花柄の傘をさした春奈だった。
シロは居心地悪そうに一歩後ずさって俺の後ろ側に立つ。
『春奈…』
今…物凄く会いたくない人物の1人だ。
ついでに言うと、気安くシロと呼んだ事は、俺の機嫌を随分損ねた。
「黒弥、彼女だろ?俺、大丈夫だからさ」
『え?ぁ…いや』
「本当、心配させてごめんね、じゃ、俺、先行くよ。」
傘から飛び出して走って行くシロの腕を掴んだ。
『傘っ!持ってけよ!』
「ぁ…うん、黒弥は彼女の傘に入れるもんね!じゃ、借りるね!」
パシャパシャと水音を立ててシロが走り去っていく。
ザァーザァー降りじゃないか…
俺は雨に濡れながら振り返った。
"彼女の傘に入れるもんね"なんて…おまえの口から聞きたくない。
我儘にそんな事を思った瞬間…春奈が傘をさしかけてくれる。
だけど…俺はその手を払った。
『悪い…空気読めない奴…俺、無理だわ。』
「え?何言ってんの?あたし何か怒らせた?」
『いや…おまえが悪いんじゃないな…そもそも俺の問題なんだよ…』
「黒弥、何一人でぶつぶつ言ってんの?」
『あぁっ!悪い!!……別れて!もう…付き合えない。ごめん…』
「ちょっ!ちょっと待ってよ!!」
雨の中歩き出す俺を引き止める春奈。
その腕を振り払った。
そしたら…降り注ぐ雨が止まって、正面を向いたら大輝が正面に立っていた。
俺に傘を……さしかけて。
「お取り込み中?」
眼鏡を人差し指でクイっと引き上げながら笑う大輝。
『いやっ…もう済んだから』
「何それっ!!バカじゃないのっ!信じらんないっ!!」
春奈は大激怒して行ってしまった。
大輝の傘の中でうなだれる。
「お前さぁ…別れ方いっつもこんな感じよな…まぁ…アレだ…さよならは新しい出会いの第一歩…って言わないっけ?」
『今上手いこと言われると堪える…ったく…何やってんだ俺』
「そう落ち込むなって、水も滴る良い男よぉ〜朝からな!」
バシンと叩かれた背中が妙に安心感を連れて来て、俺は苦笑いして、大輝の肩に腕を回した。
構内カフェ。
俺と大輝はそこに居た。
昨日の夜の話をした。
ポツリポツリと話す俺を大輝はどんな風に感じて居たんだろう。
高校からの腐れ縁だが、本当のところ、幼馴染みに好意を寄せる俺を…
気持ち悪いとは思わないんだろうか…。
『なぁ〜…おまえってさぁ…謎だよな、昔から』
「そうか?」
『だってさぁ…普通ちょっとくらい動揺しねぇ?友達がゲイとかさ』
「いや、おまえはバイだろ」
頼んだサンドイッチにがっつきながらサラッと正論を告げてくる。
『バイって…だけど…俺は男なら誰かれ構わずイケるわけじゃねぇんだからな!…つまり…その…シロは特別っていうか…』
「ハハっ!まぁ、いんじゃねぇの?これだけ一緒に居たらそういう感情も湧くのかもしんねぇしさ。あっ!そうだ!昨日入った情報さ、一つ増えてたんだ。」
すっかり忘れてたって具合に大輝がポケットから携帯を取り出す。
画面をタップしながらそこに目を通して頷いた。
「うん、コレコレほら…」
ズイっと向かいの席に座る俺に画面を見せてくる。
『…シ…ロ?いや…違う。シロじゃない。誰だコイツ』
画面に映っていたのはどこかの高校の制服を着たシロにソックリの青年だった。
本当にシロと良く似ている。
「なぁ…ビックリだろ?俺も最初白だと思ったもん。でもね、確かに違う子なんだ。この子…鈴野の…元恋人らしい。」
『ハァァ〜ッッ!?!んぐっ!!ぐっ!!』
すっとんきょうな声がカフェに響く。
大輝は焦って俺の口を塞いだ。
「バカかっ!!声でけぇよ!!」
『わっ悪い!いや、待てよ!いや、何だ?わけわからんぞ!!』
大輝が眼鏡を押し上げながら溜息をつく。
「落ち着け!…つまり鈴野は…ゲイだ。間違いない。でっ!!こっからちゃんと聞けよ!」
人差し指で十分に注意を受ける。
身体は既に前のめりになっていた。
鈴野がゲイってだけで十分危険じゃねぇかよっ!!
で!まだあるってのか!!
食いつきそうな俺を窘めて大輝が続けた。
「事故で……亡くなってる。」
一瞬の空白。
雨はまだ降り続いている。
その雨音より、大輝の声は
俺の鼓膜をザワザワさせた。
『誰が…だよ』
「鈴野の恋人…シロにソックリのこの子な。名前は確か、鳴海涼(なるみ りょう)…鈴野の傷害事件…これが絡んでるみたいだ。鈴野と高校が同じ奴に聞いたから間違いないし…結構有名な話みたいなんだよな」
俺は大輝の携帯を手にしてジッと写真を見つめた。
鳴海…涼…。
ビックリするくらいシロに似ていた。
色白なのも、口角が犬みたいにキュっと上がってるのも…透き通るようなブラウンの瞳もだ。まるで一卵性の双子くらい似てる…。
「黒弥…顔、超怖いよ…」
大輝が呟く。
俺は頭を掻き毟り携帯を突き返した。
雨は止まないし、授業を受ける気分でもなくなっていた。
黙ってしまった俺は机に頰を預けたまま…動けなくなっていた。
話がヘビー過ぎる。
恋人がなんだって?死んだ?いつ?どうして?
頭が痛くなりそうだった。
きっと真面目なシロは今頃授業に出てる。
カフェでこんな風に大輝を巻き込んでダラけてる俺とは違う。
大輝は…昔から本当に余計な事を語らない。語らないかわりに、何を言うでもなく側に居る。
それが俺にとってどんなに居心地が良いのかを、コイツは知っているように思った。
ザァザァ鳴る雨音を聞きながら、テーブルに突っ伏したままの俺につきあってるんだから。
大輝は黙って携帯ゲームを続けてる。
ぼんやりした口調で問いかけた。
『勝ってんの?』
「いや…手強い」
『だろうなぁ…』
俺のボヤきにピタッと大輝の手が止まる。
「いや…ゲームな!」
『分かってるわ!』
「…分かってねぇだろが…」
『あぁ?誰に言ってんのぉ〜?』
下らない会話はゲームの事だ。
ゲームの事だよ…。
大輝は俺の憂鬱な顔を一瞥して苦笑いした。
『雨…やまねぇなぁ…』
「…だなぁ。あのさ…白、1人にしてて大丈夫か?」
俺は机に寝かせた頭をゴロンとガラス張りの外へ向けた。
『大丈夫…じゃないよなぁ…キスされてたもん…』
正直な話、どうするべきなのか分からなかった。
シロを一日中見張ってるなんて無理な話だし、それ以前に俺はシロのただの幼馴染みだ。
彼氏でも何でもない。
何でもないんだよ。
窓に流れる幾筋もの雨が、俺の心を映す鏡のようだった。
泣いている。
こんな俺でも心が…壊れそうに…泣いている。
「白はさ…泣いてたんだろ?…その…キスされた相手みてさ。」
『ん〜…まぁな…』
「だったら、白が鈴野を好きって事は無いわけだよな!良かったじゃん!」
俺は一生懸命に励まそうとする大輝に苦笑いした。
『ショック療法みたいなので…目醒めちゃってたら?…ほら…アイツ、優しいからさ…迫られたら断んないかもしんないじゃん』
突っ伏していた身体を起こして頬杖をついた。
「…考えすぎだよ」
『考えすぎかなぁ…』
大輝は眼鏡を人差し指で押し上げて携帯ゲームを再開した。
堂々巡りの会話にうんざりしたのかも知れない。
でも、何も言わないんだよな…
俺はそれに甘えて…いつもだらしなくなってしまう。
俺のこのダラダラとハッキリしないシロへの態度が、この後どんな未来を招くかなんて…
俺にだって分かりゃしないんだから。
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