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換気扇の下… ニヤリと片方の口角が上がった。 人差し指と中指に挟んだタバコがジジッと音を立てて紫煙をくゆらす。 4月の半ば、桜吹雪が舞い散って近所のアスファルトを汚し始めた。 俺は同居人と暮らすキッチンで溜息を吐き捨てる。 俺のタバコの吸い方に、いちいち文句をつける。 チェーンスモーカーだ、身体に悪いだ、そもそも吸っちゃいけない年齢だと煩い。 "でもねぇ…堪らなく可愛いんだよ。" 心の声が囁いていた。 『キャンキャンうるせぇなぁ』 「だって黒弥が全然言う事聞かないからだろ!」 『何で俺がシロの言う事聞かないとなんないわけ?』 「シロじゃない!ハクだ!犬みたいに呼ぶなよ!」 俺、新井黒弥(アライクロヤ)は幼馴染みの井口白(いぐちはく)と部屋の中でいつものように口喧嘩をしていた。 産まれた時から家はお隣さんで、親同士も大の仲良し。 性別が同じで年齢も同じ。当たり前のように小中を同じく学び、高校でさえ例外じゃなかった。 大学生になった俺たちは今、ひとつ屋根の下、同居する運びとなったわけで…。 これは俺たちが望んだわけじゃなくて、親同士がいわゆる経費削減の為の強行策に出たんだ。 年頃の男が男と暮らしたいはずない。 夢の一人暮らしを叩き潰されそうになって、俺もシロも大反対した。 だけど… 結局このありさまだ。 確かにこぜまいワンルームにバイト代の全てを注ぎ込むのは辛いところだったし、だったら割安なファミリータイプの間取りの方が幾分支払いの向きが減るって話だった。 大人の口車に乗った結末は… こうして毎日顔を合わせては喧嘩をしている。 リビングとキッチンやバス、トイレは共同。 つまりその辺りの事でよく揉める。 シロはタバコを吸わないし、俺はヘビースモーカーだ。 タバコはベランダか換気扇の下だとか、トイレ掃除は今週は俺だとか…。 俺より身長の低いシロがキッと俺を睨みつけてくる。 『犬みたいな顔してんじゃん!シロのくせにうるせ〜んだよ!』 俺はシロの鼻をギュッと握った。 「もういいっ!!バカっ!!」 鼻を摘む手をバッと振り払われてシロは部屋へ入って行った。 換気扇がカラカラと音を立てる。 "タバコ吸いすぎだよ、控えなよ" 発端はその一言。 シロはいつも素行の悪い俺を気にして下らない注意をしてくる。 黒髪で服にも興味のないシロは側から見れば派手な男じゃなかった。 だけど、名前通りの色白モチ肌で透き通るような色素の薄いブラウンの瞳が魅力的。 そう…俺はシロに…興味がある。 だったらなんで一緒に住むのを拒んだのかって話? 簡単簡単。 俺に節操が無くて…悪戯に襲わない自信がなかったから…。 一応、産まれた時から一緒に居るんだ…。 今更何かやらかして気まずい関係になるのが怖かった。 可愛いんだよな… 俺は新しいタバコに火を付けた。 換気扇の中に吸い込まれる煙りは情緒にかけたけど、俺はニヤニヤと笑ってフゥーっと天井に向けて肺の煙りを出し切った。 共有スペースのリビングのソファーに腰を下ろす。 ケツのポケットに入っていた携帯を引き摺り出してタップした。 LINEが数件… 開いて確認すると、大学の友達から飲みやコンパのお誘い。 ゴロンとソファーに横になる。 楽しい楽しい大学生活。 楽しまなくちゃ…俺らしくない。 最後のLINEは彼女からで、俺はとりあえずそれに返事を返す。 心の中のごめんなさいを聞いて欲しい。 本当は君が好きじゃないんだけど…俺って奴は平気で君に好きだと囁き、平気で君を胸に抱けるんだよ。 "今から行くよ。" 彼女の誘いは生理的欲求の解消。 心の中のごめんなさいを…どうか聞いて欲しいんだよ。 俺はソファーから立ち上がってシロの部屋をノックした。 返事が無くて、多分怒ってるんだってちょっと気分が乱れる。 ドアを開いたらシングルベッドに枕を抱えてうつ伏せに寝転んでいた。 『さっき…ごめんな…俺ちょっと出るから。』 「飯は?夜…」 ぶっきらぼうな声なのに俺の事を気にかけてくれる。それがシロ…。 『あぁ…分かんないから要らない。先食べてて』 シロはガバッと上半身を起こし、ベッドの上から俺に視線を向けてきた。 「帰ってくる?」 あぁ…くっそ可愛い… 透き通る瞳がユラっと揺れた。 『どうかな…先寝てろよ。行くわ』 「うん…行ってらっしゃい」 『おぅっ…じゃ』 俺は扉を閉める。 口を手で覆ってまた溜息をついた。 ほんっと犬かよ…さっきまでキャンキャン吠えてたくせに出掛けようとしたら寂しそうな上目遣いで俺を誘惑する。 いや…誘惑してるつもりは無いか…そりゃそうだ。 赤ん坊の頃から一緒に居たのに…今更こんな感情に取り憑かれた俺はきっと被害者だ。 頭を軽く左右に振って苦笑いした。 支度を整えたら玄関を出た。 外はまだ少し寒くて、桜を落とす雨がシトシト降っていた。
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