指輪盗難事件

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指輪盗難事件

 事件は(うらら)かな春の昼下がりに起こった。  その日は、初夏を思わせるほど暖かく不用心にサッシの窓を開けておいたのがいけなかったのだろう。  マンションの最上階にある彼女の部屋のテーブルに置いてあった指輪が。  その指輪の持ち主は新堂瑠奈という名前で十五歳になる女子高校生だった。  指輪は彼女の母親の形見だという話しだ。大事なモノなのでお金には変えられない。どんな高価なジュエリーよりも大切にしていた指輪だった。  その事件を伝えてきたのはシンゴの友人でハリーと言った。  本名は張本健一と言うのだがハリーの方が呼びなれている。 「よォ」  帰宅途中、街中でハリーがシンゴの背後から駆け寄ってきた。 「えッ? なんだよ」  シンゴは面倒くさそうに振り返って応えた。 「ケッケケ、名探偵! どうだ。事件の依頼人は?」  ハリーは人懐っこい笑みを浮かべながら肩を組んだ。 「別にボクはシャーロック・ホームズじゃないんだ。街中で名探偵なんて呼ぶなよ」  シンゴは肩をすくめ苦笑いを浮かべた。  人前で『名探偵』なんて呼ばれて恥ずかしくて仕方がない。  今は春休みなので通行人も少なくて助かった。 「シンゴ。最近、オレに黙って『デリバリー探偵』を始めたんだって?」   ハリーはイタズラッ子みたいに何かを(たくら)んでいるみたいだ。いつものように()れなれしく絡んできた。 「別に、ハリーに断らなきゃ探偵もできないのか」 「ひっでぇな。ひとコトくらい相談してくれりゃァ良いだろう。オレにも!」 「どうしてだよ。ハリーに相談する必要はないだろう。ただ単に(ヒマ)つぶしなんだからな」 「ケッケケェ、そんなに退屈なのか?」 「別に、それほどヒマッてワケじゃないけど。ワクワクするような謎解きをするくらいの時間はあるかな」 「じゃァ良かったら事件を紹介してやるよ。その代わり事件を解決したら成功報酬の二十パーセントはもらうぜ」  ハリーは恩着せがましくシンゴに依頼者を紹介しようとしてきた。 「なんだよ。ハリーは悪徳マネージャーなのか?」 「おいおいオレがそんな悪いことをするように見えるか?」 「フフ、悪いけど。ボクはハリーと違って報酬(カネ)目当てで探偵をしてるワケじゃないんだ」 「ケッケケ、そう言うなよ。織田家のおぼっちゃまよ」 「あのねえェ、ボクはおぼっちゃまじゃないよ」 「いいか。探偵が成功報酬を(いただ)いちゃ悪いような言い方をしやがって。正義の味方が報酬(カネ)をもらっちゃいけないなんて、資本主義に反する()しき風習だぜ。命がけで正義を守っても慈善(ボランティア)活動だなんて、どっかの戦隊モノ(〇〇レンジャー)じゃないんだ。あり()ないだろう」 「かもしれないが、ボクは無認可のデリバリー探偵なんだ。厳密には無届けの小学生探偵が報酬をもらうワケにはいかないだろう」 「はッはぁン、そりゃァシンゴは金に困ってない金持ち(セレブ)だから、そんな欲のない事を言えるんだよ」 「別にセレブじゃないけどねえェ」 「ウソつけェッ。まァ届け出くらいオレが出しておいてやるよ。だから頼むぜ。いつものように、謎の不可能犯罪をパッパァッと鮮やかに解決してくれよ。セレブ探偵さん!」 「あのなァ、だからセレブじゃないんだって」  困惑気味に苦笑した。 「よく言うよ。なにしろシンゴは信長の末裔(まつえい)なんだからさァ。オレたち一般庶民(パンピー)とは違うよ」 「ほっとけよ。っで、なんなんだよ。不可能犯罪って?」  シンゴは成功報酬よりもそっちの方が興味があった。 「ケッケケ、暇つぶしにはもってこいの事件だぜ」 「だと嬉しいけどなァ」 「さァ来いよ。名探偵。すぐに依頼人を紹介してやるからさァ!」  有無も言わせず、ハリーはシンゴを連れて近所の新堂瑠奈のマンションへ向かった。  そこは閑静な住宅街にそびえ立つ七階建ての高級マンションだ。このマンション『ソレイユ』の最上階に依頼人の部屋はあった。  依頼人の名前は、新堂瑠奈。  アイドルのように可愛らしい美少女だ。都内のお嬢様学校へ通っているらしい。  すでに母親は亡くなり、父親が若い美人秘書と再婚したため屋敷を飛び出し、この高級マンションにひとりで暮らしていた。  リビングでシンゴたちは被害者の新堂瑠奈から事情を聴いていた。  おもむろにシンゴは立ち上がって部屋を見回した。 「じゃァ、瑠奈さんがシャワーを浴びているわずか三十分の間に、このテーブルの上に置いてあったジュエリーが消えたと言うんですね」  ゆっくりと犯行現場となった部屋を確かめながらシンゴは訊いた。香水の匂いだろうか。部屋中に甘く心地よい薫りが漂っている。 「ええェ、怖いでしょ。ここは七階なのよ。しかも昼間に誰かが侵入するなんて」  瑠奈はかすかに眉をひそめて嘆いた。美少女なので日頃からストーカーにも悩まされているようだ。 「ケッケケ、じゃァオレがここに寝泊まりしてボディガードしましょうか?」  まるでハリーは好色な中年オヤジのように美少女の瑠奈へ接近した。小学校六年生の男子にしては随分とマセている。 「いえ結構です」  すぐさま瑠奈はピシャリと手の甲を叩いて断わった。 「ヘッヘヘ……」ハリーも照れ笑いを浮かべた。 「ジュエリーというのは、お母様の形見の指輪だと(うかが)いましたが……」  シンゴはベランダへ出て辺りを見回した。
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