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海と現実
ザァザァ。
海の声を身近に聞きながら過ごしたあの日々。
あの時のことはもう私しか覚えていなくて。
ここで過ごしたあの日々も、もう遠い記憶の片隅に放り込まれていた。
「忘れないで」
そう聞こえるようでとても辛い。
「ごめんね」
そう呟いた声は君へ届いたのだろうか。
今日、会社にリストラされた。
私は昔から運がない。
階段で突き飛ばされた時も人違いで突き飛ばされた。
そう聞いている。
そんなに突き飛ばす予定だった人と似ているのか。
そう思って本人を見に行ったら背格好しか似ていない。
間違えるような要素はなかった。
こんなことが昔から良く続いていた私は慣れている。
人違い、勘違い、忘れてた、とりあえず。
そんな言葉で私は不幸に呑まれる。
今回もだから落ち込まないはずだったのに。
不幸が重なるとはこのことを言うのだろうか。
彼氏にも振られた。
ラブラブで結婚の話も出ていたのに…
「君以外に好きな人ができた。
だから別れてくれ」
そう言われる始末。本当に不幸だ。
昔から私はモブだった。
そう実感する。
そんな中、両親から連絡が来た。
「久しぶりに家へ帰って来ませんか?
あなたが心配でなりません」
その連絡が見て、私は両親へ電話をかける。
「最近良くないことばかりで、
会社にもリストラされて、彼氏にも別れ告げられて。
親不孝者だって言われるかもしれないけど
今だけは、そっちにいてもいい?」
両親はいつもと変わらない優しい声で言う。
「いつでも来なさい。
あなたの家はここなのだから」
その言葉に甘えて私は地元へ帰省することにした。
それがこの物語の始まりだったことにも気づかず。
帰省した地元は以前よりものすごく変わっていた。
最新の街。
そう言われているような街で、覚えているあの風景がもうどこにもない。
時間の流れは早いのだな。
そう思わざるを得なかった。
実家に帰ると物凄く歓迎され、戸惑う。
両親は久しぶりに娘が帰ってきたことで喜んでいた。
「こんな感じならもっと頻繁に戻って来ればよかった」
そう思ってしまう。
元カレに言われた。
「お前、甘え過ぎなんだよ。もっと自立しろよ」
私は元カレと、付き合ったばかりの頃まで仕送りを貰っていた。
その事を知った彼はいつも、こう言って私を貶す。
私も、彼の言うことに納得する部分がある。
だから両親の心配の声を無視して、仕送りを止めてもらった。
それから私は、仕送りを急に止めたことで生活が苦しくなって仕事に専念する。
私は彼と同居している。
家賃や高熱費を二人で割って払っていた。
でも彼は私が両親と疎遠になった瞬間、彼はお金を惜しんだ。
そして最終的には私が家賃や高熱費を全て払い、彼の出かける時のお金は全て払うことになった。
そして彼は浮気をし、私の給料の一部は彼の浮気相手へのプレゼントへ変わっていく。
私はその事を知った日、彼に別れて告げて家を追い出した。
その次の日リストラされたのだ。
「こう考えると私の人生って不幸続きだな」
そう冷静になってしまう。
変に、冷静になるのは良くない。
頭がやられてる人みたいになってしまった。
気をつけないと…
生きることに、必死になりすぎたこの2年。
ストレスに耐える生活は苦しかった。
そう考えると、両親の元に帰れたのはよかったのかも知れない。
これが逃げだとしても。
母が出してくれたお夕飯は、温かい。
父の大きな笑い声は、私を守ってくれる。
昔は鬱陶しかった家族の音は、今の私にとって助けだ。
そんな家族の音を聞いていたある日。
夜に海に行った。
疲れたわけでも、死のうとしているわけでもない。
ただ行かないといけないと思った。それだけだ。
海は静かだった。
その静けさや波の音が私にとっては
「助けて」
と言ってるように聞こえる。
感傷に浸りすぎた。
そう思い、一歩踏み出した先には中学校がある。
その中学校は私の通っていた学校だった。
5年前に取り壊しになったはずの校舎。
ただただ、私の恐怖を煽る。やばい、帰らないと。
そう本能が危険信号を出す。
走り出す。私の足音が響く。
こんなことあるはずない。
逃げ切った先には、朝日があった。
もう朝だ。そう思ったら実家のベットだった。
母が言うには家に帰ってきてすぐにベットに潜ったらしい。
朝日を見たはずなのに、帰って来た時間は夜中。
何かおかしい。そこで母に尋ねる。
「私が前通ってた海老中学校って取り壊しになったよね?」
母はキョトンとした顔で言う。
「あなたが通っていたのは那津第二中でしょ?
海老中学校なんて聞いたことないわよ」
やめてよ、急に恐いこと言わないで。
と私に言った。
嘘、嘘。
怖くなって卒アルを探す。
そこにあったのは那津第二中の卒アル。
えっ、嘘…
頭の中には海中で過ごした日いう日が鮮明に残っている。
手の中には海中の校章があった。
なんで…その言葉しか出てこない。
みんなと過ごしたあの日々がないものとなっている。
その事実が理解できない。
こんなにも鮮明に覚えているのに…
倉庫の中で座り込んでいる私をみかねた母が口を開く。
「あなたと同じ様なことを言って騒いでいた子が去年1人いたわ。
なんて名前だったかしら…そうそう小夏ちゃん。
あなた仲良かったでしょう?」
そのことを聞いた私は小夏の元へ走った。
(小夏覚えてたんだ)
そう思うと心が軽くなる。
小夏は私の大親友だ。
小学校の時彼女と出会った。
彼氏と別れただとか、先生がうざいだとか…
服装検査の時、2人だけ話聞いてなくて焦ったっけ?
そんな馬鹿ばっかりやっていた。
その記憶も、間違いなく海中で過ごした日常だ。
それを小夏は覚えてくれていた。
その事実だけで私は救われる。
小夏の家に着いた。
万条と凛々しく表札に書かれている家。
いいお家柄の小夏。
小夏が私のように海中の話をした時家族はどう反応したんだろう。
ピンポン。インターホンを鳴らす。
小夏は出てくれるのかな。
表扉から出てきたのは小夏の母親だった。
「あぁ、祭莉ちゃん。お久しぶり。
どうしたの?小夏に用事?」
そう小夏の母親は言う。
おっとりとした雰囲気。
きっと小夏はお母さんになんだろう。
そう昔から思っていたが、お母さんに小夏がもっと似ていっていることがわかる。
小夏に会いたい。そう心から思った。
「久しぶりに帰ってきたので会いにきたんです。
小夏呼んでもらってもいいですか?」
そのあと少しして小夏は出て来た。
小夏は最後にあった時とそんなに変わっていない。
そこに安心して涙が出てきた。
小夏は外に出て顔を見られた瞬間泣かれたのだ。
珍しく小夏が焦っている。
「えっ?何?私、祭りになんかした?」
そう言う彼女の顔は昔私が嘘泣きをして彼女を驚かせた時と変わらない。
本当に小夏だ。本物の。
私は元彼のあの言葉で小夏にも話ができなかった。
話したかった。色んなこと。
込み上げてくるものが私の許容範囲を超える。
涙がうまく止まらなくなって話がうまくできない。
「小夏。本物の小夏だ」
そう涙ながらにいうのが精一杯だった。
「本物って、うちの偽物になろうって思う人頭おかしいんちゃうん?」
なんて笑いながら言う。
おっとりした顔つきでこんなことを言うところも変わっていない。
私は目がパンパンになるまで泣いた。
小夏は訳がわからないだろうに私の背中をさすってくれる。
「大丈夫だよ」
そう私に言いながら。
小夏は私に聞く。
「そんなに泣いてどうしたの?
久しぶりに帰省したっていうのに…」
そう今まで連絡が取れなかったことに対して文句一つ言わずに聞いてくれる。
夢だったのか分からないけど、海辺に行った時海中を見た。
でも周りは誰も海中のことを覚えていない。
こんな話を聞いて小夏はどう思うのか。
そう考えると小夏にいうのを躊躇ってしまう。
でも言わなきゃ。そう心から思う。
「小夏に信じてもらえるか分からないし、夢かもしれないけど、海辺で海中を見たんだ。
その話を母さんにしても信じてもらえないの…」
正直に全て話した。
小夏は黙っている。
信じられなかったのかもしれない。
やっぱり小夏も忘れてるんだ…
ただ小夏の口から出た言葉は予想外だった。
「それ本当なの?
私の話聞いて同情したわけでも揶揄いに来たわけでもないのね?」
この一言で私は救われる。
誰も覚えていなくて、忘れているという事実もないものになっていた。
そんな現実に私は打ちひしがれていたのだ。
私以外にも覚えている人がいた。
その事実一つが私の心を救う。
小夏にとっては遅すぎたのかもしれない。
誰も覚えていない。そんな状況がどんなに苦しいか。
考えるだけでも辛い。
もっと早く戻れれば良かった。
そう思わざるを得ない。
その日、小夏と海中での思い出を書き出していく。
何かあった時、忘れてしまわないように。
色々あったこの日。
私はまた夢を見た。あるいは現実を…
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