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あれから2年
「どうしても誰かに話したいエッセイコンテスト」
日ごろから執筆しているエブリスタでこのコンテストが開かれていると分かったとき、真っ先にN眼科でのできごとを書こうと思った。N眼科最後の診察日のときにあえて返さなかった診察券を見ながら、当時のことを思い出しつつ、筆を進める。
M眼科には定期的に通院し検診を続けていたのだが、去年に入ってから仕事の休みと診療日の折り合いがつかなくなってしまい、受診が途絶えている。またいつか予約をとって検診を受けないといけないなと思いつつ、資料をあさっていた。
ふと思った。
――N眼科で受診したときの視野検査の画像って、一度も見たことがなかったな…………。
そうなのだ。私は神経が切れている箇所がある、見えていない箇所があるとの説明は受けていたが、肝心の画像は見せてもらっていなかったのだ。エッセイを書くのにほしい材料であることはもちろんのことだが、私自身がN眼科の「患者」である。病院には5年間のカルテの保管義務があるし、当然患者には自分の診療情報を知る権利があるはずだ。私はインターネットを漁った。
すると、厚生労働省のホームページにこう記されていた。
・医療従事者等は、患者等が患者の診療記録の開示を求めた場合には、原則としてこれに応じなければならない。
・医療従事者等は、診療記録の開示の申立ての全部又は一部を拒む場合には、原則として、申立人に対して文書によりその理由を示さなければならない。
また、個人情報保護法には、28条にこう記されている。
・本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる。
どうやらこれが根拠となって、患者にはカルテの開示を求める権利が存在し、医療機関には原則応じる義務が生ずると解釈されるようだ。
私は当然の権利を行使すべく、N眼科へと電話をかけた。
「すみません。2年前にそちらを受診した者なのですが、カルテの開示、特に視野検査の結果の写しを頂きたいのですが」
私はそう尋ねた。すると、受付の女性は即座にこう答えた。
「当院では一切、カルテや検査結果の開示は行っておりません。コピーの配布も致しておりません」
「ええと、厚生労働省ホームページに記載がありますよね?原則として医師はカルテの開示に応じないといけないと。ご存じないんですか?それを拒むということは違法行為だという認識はおありですか?」
私はそう尋ねた。
「ええと…………少々お待ちください」
受付の女性はそう言うと、保留音を鳴らした。
数分後、保留音が途切れた。
「院長に確認したんですが、どうしても開示をしたいのなら医師会を通せと申しておりますので、開示はできません」
「医師会などという文言は一切出ていないんですが。それに、個人情報保護法の28条にはこうも書かれていますよ。個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができると。法令順守という概念をN眼科さんは持ち合わせてらっしゃらないんですか?」
私は食い下がる。だが受付の女性は再び保留音を鳴らして通話を中断したのち、こう伝えてきた。
「院長に確認したんですが、そこまで法令順守とおっしゃるのなら、弁護士を通せとのことです。何とおっしゃられても開示はできないとのことでした」
私は怒りを通り越して、呆れてしまった。
「わかりました。もういいです」
私は電話を切った。自分の患者の診察記録を自信を持って患者本人に見せられないということは自信を持った仕事ができていないことの裏返しだ。
もう、記録についてはいい。
私は転院し、M先生にしっかり診てもらったのだ。それでいいではないか。
私はN先生を、いや、Nをただただ心の底から哀れだと思った。
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