大学病院と町医者

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「えふえふさん、中へどうぞ」  診察室の中から少しかすれ声の男性で私の名前が呼ばれた。 「ええと、緑内障だと言われてうちに来たっていうことですね?」 「はい。そうです」  私はそう答えた後、この半年の経緯をすべて話した。最初は眼痛と目のけいれんがして病院にかかったこと。その際にドライアイと高眼圧と言われて受診を続けるように言われたこと。眼圧が下がらずに目薬が何度も変わり、かなりの回数の点眼をするよう指示されたこと。緑内障中期だと診断されたこと。どうにもならないと感じ、助けを求めに来たこと。洗いざらい話した。M先生は相槌を挟みながらも私の話を遮ることなく聞いてくださった。 「なるほど。そういう経緯だったんですね。わかりました。それではまず目の状態を見させてください。あごを台の上に載せてくださいね」  私はM先生の言う通り、顕微鏡の前の台の上に顎を乗せた。 「はいでは上を見て……次右上……はい右……」  M先生は右目を顕微鏡で覗きながら時計回りに目を動かすように指示した。 「はいでは左……最後まっすぐ見て……はい右目終わりです。次は左目を見ますからね」  M先生はそう言い、今度は顕微鏡のレンズを左目に合わせた。 「はいでは上を見て……次右上……」  同じように先生は目を時計回りに動かすように指示した。1周して再度まっすぐに視線を向けたところで、先生が言った。 「では目に麻酔の目薬垂らしますね。その次眼圧測ります」  先生がそう告げる。私は口をはさんだ。 「先ほど、眼圧は測定したかと思いますが……」 「うん。先ほど機械で測定しましたね。ですが、機械で測った眼圧は様々な理由で誤差が大きく出ることがあるんです。ですので当院は機械での数値はあくまで参考値にして、手動の眼圧計で測った数値で判断をしています。あくまで原則として、ですが」 「なるほど、そうなんですね」  M先生は目薬を用意しながら優しく教えてくださった。N眼科では一切行われなかった検査だ。麻酔用の目薬が点眼された後、先生が眼圧系の突起を徐々に近づけてくる。少しだけ黒目に異物が当たる感覚はあるものの、痛みはない。同じく左目の検査が行われる。右目と同じように麻酔の目薬がさされた後、青色に光る突起が左の黒目に触れた。 「…………ええと、本日はお車で来られていますか?」  M先生がそう尋ねてきた。 「いえ。私は電車と地下鉄を乗り継いで来ていますが……」 「この後、ご予定あります?ないんでしたら、1つ受けていただきたい検査があって…………散瞳をした上での眼底検査です」  散瞳…………子供のころに1回受けた覚えがある。雪合戦の雪玉が左目に直撃して病院にかかったときに受けた検査だ。 「散瞳って……目薬をさした後しばらく待って、そのあとに行う検査ですか?3時間ぐらいまぶしくて外歩くのが少し大変になった記憶があります……」 「それですそれです。緑内障の検査やほかの病気の検査にも有効なんで、目の状態をよりしっかりと見ないといけないときには行っている検査です。半日ぐらいまぶしい状態が続くので車の運転がその時間できなくなったりしますが、受けていただけますか?」  幸いなことに今日は休みをとっているし、このあとの約束もない。断る理由はなかった。 「はい。お願いします」  私はそう答える。 「じゃあ外で看護師に目薬さしてもらってくださいね。待合室でお待ちください」  先生はそう告げた。私は言われた通り待合室のベンチに腰を下ろす。緑内障の権威と聞いていたのが、意外なほどに普通の話し方をする先生だった。そして何より、こちらが出した疑問に対して全て納得のいく形で答えてくださっている。 「えふえふさん。瞳を開く目薬さしますね」  看護師さんが私のもとに寄ってきて、目薬をさしてくれた。 「では30分後ぐらいにまた伺います。今日は長丁場の診察で大変でしょうけど、しばらくお待ちくださいね」  看護師さんはそう言い、再び持ち場へと戻っていった。 ――うん。この病院なら信頼できる!  私はこのとき、確信を持った。
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