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ゆめさきくんはかわいい
「夢前くんはかわいい」
「は?」
机に両肘をついて深刻そうに一条はつぶやいた。
周囲にいるほかの生徒から発せられた絶対零度の「は?」は”何言ってんだこいつ”という意味を多分に含んだ渾身のものである。ちなみに俺の発した「は?」は”また馬鹿なこと言い出したな”という意味のそれである。
君が丘高校ボードゲーム部の部室には俺を含めて5人の生徒がいた。
彼女はそのうちの1人。唯一の女子生徒である一条。真剣な目で「夢前くんはかわいい」と再度頷く。普段は真面目な彼女だが、時折こうして頭のネジが外れることがある。
「は~~~~~~~!? オレの方がカワイイんですけど~~~~~~~!?」
大声で不満を叫ぶのは和だ。小学生の頃から女にモテまくった自他ともに認める美形の弊害で、外見への賛辞はすべて自分のものだと思っている節がある。実際長いまつ毛に彩られたアーモンド形の瞳も、薔薇色の薄い唇も美しいの一言に尽きるが、性格はまったく美しくない。同時に不特定多数の女子と付き合うクズ野郎だ。
「弟の俺をさしおいて?」
心底疑問だと首をかしげるのは、一条の双子の弟である譲二だ。切れ長の目とムキムキの高身長は可愛げとは無縁の筈だが、弟からすれば姉は無条件で可愛がってくるものらしい。彼ら姉弟は相思相愛のブラコンでありシスコンだった。
「こ、ここは後輩の俺が1番可愛いのが道理では?」
上ずった声でなんとかノリについて来ようとするのは、1学年後輩の或葉だ。先輩の突然の悪ふざけに巻き込まれて可哀そうに。この部屋にいる面子だったら彼がぶっちぎりで可愛いと思う。
「或葉はたしかにカワイイ後輩だ。ジョージも可愛い弟だよ。和はくそ野郎だけど」
「は? 意味わからんのだが」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ。私がお前の元カノに泥棒猫呼ばわりされるのは昨日で5度目だぞ」
「泥棒猫て、ウケる」
「くそ野郎」
ヂッと一条は舌を打った。もっと言ってやって欲しい。
「でも夢前くんが1番可愛い」
それは言わなくても良かったな。視線をこっちに向けないでほしいし、人前で言う事でもないだろうに。2人きりの時に言われても反応に困るけど。本当に洒落にならん。
「夢前くんはどう思う?」
聞くな馬鹿。
「馬鹿言ってんじゃないよ」
苦し紛れに放った台詞も、一条は「あはは」と笑い飛ばした。
「リンゴみたいで可愛いね」
真っ赤に染まっただろう顔をそむけて「うるせーよ」と悪態をついた。
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