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飯田橋にて
神田川沿いの寂れた立ち呑み屋で、遠田はチューハイとハムカツを頬張っていた。客は彼の他に、テレビの野球中継に野次を飛ばす草臥れたスカジャンの中年と、一杯のホッピーセットで粘る歯が少ない初老の男だけだった。遠田は周りを気にせず思いきりよくジョッキをあおった。
外を見ればサラリーマンが楽しげに歩いていた。大学生ぐらいの集団も浮かれて騒いでいた。車が行き交っていた。それを見て、遠田は穏やかに微笑んだ。酒が空になっていることに気づき、彼はカウンターを向いた。
「すんません、ホッピー黒、あとモツ煮。」
彼の注文に大将は雑な返事をした。それから遠田は煙草を取り出し一服した。
酒が旨い、飯が旨い、煙草が旨い。
「澱み」をのめば活力は湧くが胸焼けが起きる。しかし、酒や飯や煙草は活力を無条件でくれる。命は生きているうちに狩り取りいただくのが旨いのだ。この仕事は狩り損ないを潰すことだ、遠田は独りごちる。ただ、時に思いがけないものがある。
遠田は紙の束を取り出した。数多の見知らぬ恋人たちの生活が、そこに広がっていた。しかしその中に、僅かだが確かに感じる匂いがあった。彼にとっての「獲物」はこの向こうにいるのだと感じていた。今日はハズレだったが、いつかは辿り着くはず。遠田は届いたホッピーを濃いめに割って早速あおった。
期間はまだある。
必ずやつを殺す。
それから、遠田は煙草を一度深く吸い込んだ。
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