マボロシお宿の宿泊帳

第一話『玉響の行き違い』

大学に入ってからの生活は、特に大きな変化はなくそこそこ快適な生活を送っていた。特別に貧乏だった訳でもないし、何ならお金はあった方だ。

いわゆる、恵まれている子。

その自覚はあったし、友達にからかわれることもあったけど気にしていなかった。ただ、どこかぽっかり穴が開いている気がしてならなかった。終わらない喉の渇き。永遠に取れない胸のしこり。

一つ欲しいと思ってしまうと、全てが欲しいと感じる私。泥臭く醜い自分の姿をどれだけ憎んだことか。友達が増えても、誰かに好意を寄せられても。私は、ずっと七年前のことが忘れられない。

「……また、夢か」

一番始めに目に入るのは見慣れない天井。そして、鼻をかすめる潮の香り。起き上がり、簡易的な机の上に置いてあるスマホに手を伸ばす。時刻は早朝。流石に朝食には時間があるだろう。

スマホを置き直してもう一度布団の上に寝転ぶが、目が冴えてしまって寝れそうにない。もう一度スマホを手に取り、パスワードを入力した。

長年使っているが、未だにスイスイと動いてくれる。SNSをスクロールしながら友人やサークルの先輩の幸せそうな写真を見つめた。

「散歩でも、しようかな」

むくりと起き上がる。薄めの掛け布団を使っていたが、それがないと少し肌寒い。ぶるっと震えてからキャリーケースの中を探った。確か、念のためと思って入れていた薄い上着があったはず。服やら化粧品やらが出て来る中で一つのものが目に入った。

「……これ、どうしよう」

七年前を思い出すには十分すぎるその品は、『優勝！』と刺繍されたお守り。どこかで買ったとか、そんなのではなく貰ったもの。あの時のことを思い出してしまうのは分かっていたけれど、捨てることなんてできなかったもの。手に取ってじっと見つめる。

「まぁ、物に罪はないし」

誰かに聞かれたわけでもなく、自分に言い聞かせるようにしてポケットに突っ込んだ。さっと上着を羽織り、海でも見に行こうと下に降りる。さすがに二人とも寝ているのか、静けさで耳が痛い。音を立てないように移動し、履き慣れた靴を身につけまだ薄暗い外へ出た。