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その日の夜は明日に備えるためと言う理由でお開きになった。大勢で食卓を囲むのは久しぶりで、賑やかだった一階は静まり返っていた。葉流さんと夢さんはすでに帰り、黒川さんと白山さんは部屋へ。
私とロロは片付けをするためにキッチンで黙々と手を動かしていた。食器のぶつかる音に水の音。横では私が水を拭き取り、片付けている。なんだろう、気まずい。あんなに騒がしかったのもあるけれど、ここまで静かになると耳が痛くなってくる。
「……ねぇ、ロロ」
「んー? 何かしら?」
「その、何で止めなかったの?」
「何を?」
「その、買い物、行くこと」
「あぁ、それ? たまにはいいんじゃないかなって思ったのよ。私とは違った話ができるじゃない?」
「それは、その……」
キュッっと音を立てて水滴が消えた皿を見つめる。いつものロロなら「ダメよ!」とか「あんたに任せられないわ」と言う。過保護だとよく言われているけど、それが今の私には合っているのだと思っていた。
自分の気持ちに知らないふりをして。今の幸せを噛み締めていればいいって。流れ続ける水の音がなければ、この沈黙に耐えられなかったかもしれない。
「ほら、もうそろそろ子供離れしないといけないでしょ? ルナも、いつまでも私と一緒にいるわけじゃないのよ」
「え。何、それ。私、ずっとロロと一緒にいるつもりなんだけど」
「私もそう願ってるけど、いつ終わりが来るか分からないでしょ? だから、今のうちにルナには色んな世界を見て欲しいって思ってるのよ。……って、ルナ?」
ガンッと鈍器で頭を殴られた感覚。はたまた大砲の音を間近で聞いた時の衝撃だろうか。当たり前のように続くと思っていた、変わらないと思っていたものがいとも簡単に変化していくなんて。グ
ラグラと揺れ動くのは自分の頭か眼球か。止まらない目眩に倒れそうになるが、何とかして踏ん張った。
「そんなこと、望んでないのに」
「え、ルナ、何を言って……」
「ごめん。私、もう寝るから。あとは片付けるだけにしたから」
おやすみ、とだけ言い残して私は手に持っていた布巾を握りしめて飛び出した。一階にある自室に向かう途中、湿った布を洗濯カゴの中に投げた。いつまでも一緒にいられるわけではない。そんなこと、私が一番理解していたはず。
しかし、いざ目の前にそれが現れると受け入れることができない。ひんやりと伝わって来る床の冷たさで少しは冷静になれただろうか。ぼんやりと天井を見つめる。永遠って、本当にないんだな。戦っている時は死ぬまで続くと思っていたのに、幸せな時間はあっという間に終わってしまう。あまりにも、儚い。
「もう、寝よう」
襖を開けて音を立てないよに閉める。すでに敷いてある布団の上にダイブした。ふわふわの羽毛布団があるけれど、少しだけ鼻が痛い。でも今はそんなことどうでも良かった。彼に、ロロに言われた言葉が頭から離れない。
私、いつからこんなにもワガママになったのだろう。あの世界からここへ飛ばされて、ロロと二人で何とか生活してきて。当たり前の世界がこんなにも幸せであることを知って。そこからだったのかな。
「あぁ、幸せだよ。お父さん、お母さん」
かすかに香る柔軟剤を胸いっぱいに吸い込んで、眠りに落ちて行った。
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