第五話『何時かの時計は涙を流す』

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いつも夢さんと葉流さんが乗って来ている車に乗り込み、しばらく揺られた。体が揺れる度に眠気が襲ってくる。談笑をしている三人の会話を聞きつつ、外に視線を向けた。 海沿いを走っていたのにいつの間にか自動車が増えている。大きな道路を走っているらしく、横を走り抜けて行く車が視界に入っては消えて行く。 「さーて、何を買おうかなー!」 「私、いつもと違う服を買ってみたいです!」 「お、いいねぇ。私がぜーんぶお金出すから好きなの買うんだ!」 「え、いいんですか? やったぁー!」 横二人の喜びの声に私は少し目が覚めた。ノリノリの運転手さんは「はっはー!」と超ご機嫌のようで微かに聞こえて来る音楽と共に体を揺らしていた。そんな彼女を見て横に座る彼女たちも楽しそうにしている。私だけ、ひとり置いていかれた気持ちだ。 何で、こんなにも胸が締め付けられるのだろうか。誰かに力強く握られている感覚が昨日からずっと続いている。苦しいという言葉だけで片付けることはできない。 どうにかして伝えようとしているのに、全部ロロに邪魔されている。それに加えて今日の朝食時に言っていた言葉。自分の心の奥に突き刺さったままだ。 「で、ロロって今日どこか行くの?」 「え」 「え? さっき準備してたからさ。どこか出かけるのかなーって思って」 「あ、その、何も、聞いてないです……」 どこかに出かけるとか、何も言われていない。むしろ、今日私が出かけることは知っているのに自分のことは何も教えてくれなかった。情報共有をするためと言われていつも話しているのに何故。語尾が小さくなっていくのを自覚しているが、それ以上は何も言うことができなかった。 「ま、どーせあいつのことだからぁ? 一人で芝刈りに行ってるんでしょ!」 「それ、桃太郎じゃないですか?」 「あれ、そうだっけ? ま、何でもいいじゃん! 今日は女子会なんだからさ!」 豪快に笑っている葉流さん。わざとふざけたことを言ってくれたのだろう。いつも空気を読んで話してくれる彼女に何度助けられたことか。適当に何か相槌を打つこともできない私はどこまでも役に立たない。 その後もショッピングモールに着くまで話は尽きなかった。本当に昨日出会ったばかりなのかと疑われるほどに仲良くなっていたらしい。私は私で年上のお姉さんばかりだと言うこともあり終始口を閉ざしていた。 前より話せるようになったとは言え、お喋りが止まらない彼女たちの輪に入れそうにない。ただひたすら聞き役に徹していると、大きなショッピングモールに着いた。人もそこそこいるようで、しばらく駐車場を探す旅になっていた。 「それにしても、今日って平日よね? 人多くない?」 四人で中へ入った時にはやはり人がわんさか溢れていた。確かに今日は平日のど真ん中なのだが、いつもより賑わっている。あまりここに来たことはないけれど、休日の方がもっと多かったような。数階先に見える店舗をじーっと見つめていると、「ま、いっか」と諦めの言葉が聞こえた。 「さーて、諸君! 今日の目的は分かっているよね?」 「もちろんです! ルナちゃんを可愛くしよう大作戦ですよね!」 「え?」 「そうだ! あ、もちろん紅葉ちゃんと楓ちゃんの服も買うからね!」 「あ、ありがとうございます」 「いいってことよ! じゃ、早速あのお店に行きましょう!」 「え、あの、ま、待って!」 私を置いて去って行く葉流さん。そんな彼女の後ろをついてくように走る黒川さんと、「ルナちゃん」と手を差し出してくれる白山さん。一体いつの間に目的が変わってしまったのだろうか。 私の置いていかれた言葉は騒がしい建物内へと消えて行く。珍しくもつれそうになった足をどうにか立て直し、三人の後を追いかけた。 照明に照らされて輝いているアクセサリー類。普段の私が身につけることのないものが大量に置かれている。光り物に目移りしてしまうなんて、カラスにでもなったのかもしれない。じーっと見つめていると、二手に別れていた三人が私の元へと集まった。 「葉流さん! これ、これとかどうです? 絶対可愛いですよ!」 「えー! めっちゃいいじゃん! 待って、私のも可愛いと思うんだけどどう?」 「か、可愛い……!」 「だよねぇー! じゃ、ルナちゃん! これ、全部着てね」 グイッと目の前に出された色鮮やかな服たち。モノクロが多い私の服とは文字通り正反対のそれらは目がチカチカする。海と同じ色の水色や薄いピンク色のワンピースなど、着たことのないものがほとんど。「え、あの」と言葉に詰まり後ずさりするとガシッと掴まれた腕。 「私と、一緒に行こ?」 「白山、さん? え、あの、ま、待ってぇー……」 ズルズルと引きずられて……はないけど、抵抗することもできない。か弱い見た目の彼女にしては力が強いけど、振りほどくのは可能な強さ。 しかし、彼女の話を聞いて欲しいと言われたのもあって乱暴なことはできない。どうしようかと悩んでいる間にあっという間に連れていかれた。
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