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「あの、これ本当に着るんですか……?」
「もちろん。その後に私たちの着てもらうからね」
渡された服はどう見ても私には向いていない色と生地。肌触りがよくこれは着ていても心地が良いと私でも分かる。じっと見つめていると、「着たら声をかけてね」と微笑んだ彼女がカーテンで消えた。
何かを言う時間も与えてもらえなかった私はじっと手に持っているものと睨めっこをする。しかしどれだけ見つめても変わらないので広げてみると、ひらひらしたワンピースだった。これを、私が着るの? こんなの着たことない。
くるくると洋服を回しながらどこから着れば良いのか考える。とりあえず、今着ているこの服を脱がないと。
だぼっとしたズボンを下ろし、上のTシャツを脱いだ。近くの小さな棚に置いた洋服をもう一度手に取り、「ここ……?」と独り言を言いながら着てみる。
ストンと入ったワンピースは予想通りサラサラと肌の上を動いて行く。こんなにヒラヒラしたの着てると、動きにくいような。とりあえず着ることはできたのでカーテンを開けると、すぐ横に白山さんが立っていた。
「あ、着替えれた?」
「た、たぶん……?」
「うーん。あ、チャック閉まってないよ。ほら、後ろ向いて」
じっと見つめた彼女は後ろをちらっと見た。チャックなんてあったんだ。着慣れてないから何も分からなかった。ジーッと音と共に上がっていく。「はい、できた」と優しくぽんっと背中を押された。もう一度白山さんを見ると、「やっぱり可愛い!」とニコニコ笑っていた。
「あの、いつの間に変わったんですか?」
「ルナちゃんの服買うってことに?」
「はい。だって、元々はお二人の洋服を買う予定でしたよね? 私なんてどうでもいいので、白山さんも選んでください」
「んー……そう、だねぇ。葉流さんの、言ったとおりなんだね」
「あの、何が……」
「ルナちゃんが、自分を大切にしないってこと、かな」
眉尻を下げ、笑っているのに心が痛くなるような。自分を大切にしない。私が私を大切にしないと言うことだろうか。彼女の言葉に何も言うことができずに固まっていると、「ほら、次の服も着てみて」と指差した。とりあえず首を縦に振り、もう一度カーテンを閉じた。
もう一つ用意された服は今着ているワンピースとは違ってパーカーのようだ。私も似たような服を持っているが、少し違う。透き通るような水色に白色の紐がフードに通してある可愛らしい服。じっと見つめるが何も変わらないので、今着ている服を脱いでパーカーに袖を通した。
「着ました」
「はーい。あ、そっちも可愛いね! どっちにしようかなぁ」
「あの」
「んー? なーに?」
「自分を大切にすると、何がありますか?」
「何があるって?」
「その、意味があるのかなって。それって、自己中心的な考え方になりませんか?」
脱ぎ終わったワンピースを手に取って畳んでいる白山さん。私の質問にピタッと手を止めた。動かなくなった彼女を見つめる。「そうだなぁ」と口に出した時には綺麗に元の形に戻っていた。
「自分を大切にするのは、相手を大切にするってこと、かな。自分を蔑ろにすればするほど、傷つくのは相手なの」
「それは、どうして」
「さぁ? この言葉、楓からの受け売りなんだ。私もよく分からない。けど、間違ってないってことだけは分かるよ」
行こっか、と言った彼女は笑っていた。寂しそうな笑顔ではなく、何か悪いものが落ちきった顔。スッキリしている顔。畳んでいるときに見えた傷は無限にあって、やはり聞けなかった。話を聞くどころか、私がたくさん質問してしまったのもある。
私は、どうすれば正解なのだろうか。見えない答えにくじけそうだ。ちらっと下を見ると商品を着たままになっている。「あの、これって」と声を出したら「そのままお会計しちゃお!」といたずらに笑っている彼女が眩しく見えた。
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