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「あ、戻って来た! 待って、それもめっちゃ可愛いじゃん!」
「ですよね! でも、こっちのワンピースも可愛いんですよ」
「えーそっちも見たいー」
「じゃ、両方買っちゃいましょう!」
「いいね、そうしよう!」
白山さんの後ろを追いかけるとまだ黒川さんと葉流さんは服を見ていたらしい。自分のを見ているかと思ったのだが、私くらいのサイズを手に取っていた。
私たちが現れてからはすぐに元に戻していたけど、彼女はいつだって私のことを大切にしてくれる。どうして、だなんて理由は聞けない。でも、知りたい。
「私とルナちゃんで買ってくるから、店の外で待ってて!」
「分かりました!」
「ほら、一緒に行こ! それも会計するんでしょ?」
「あ、あのっ」
「なにー? あ、もう一つの方にする? あれも可愛いもんねぇ」
「そ、そうじゃなくて!」
会計に向かう短髪を揺らしている彼女を止めた。
「どうしたの?」
「何で、私をこんなにも大切にしてくれるんですか?」
「……」
「私は、葉流さんには何もしていません。ここに来てからたくさん迷惑をかけています。なのに、どうして」
歩き続けていた彼女がピタッと止まった。背をこちらに向けたまま動かなくなったので私も同じように足を止める。少しだけ大きくなってしまった声が店内に響いていたかもしれない。店内に流れている音楽でかき消されていることを願った。
「……ルナちゃんとロロを大切にすることが、あなたのご両親に唯一できる恩返しだと思ってるから、かな」
「恩返し?」
「ルナちゃんは、あの日のことを覚えてる? 二人がこの街に来た日。いや、正確にはこの時代に来た日って言った方がいいのかな」
「……覚えています。忘れることなんて、できません」
二年前のあの日。私とロロが戦場から逃げ出すように消え、この街、この時代に流れ着いた日。ちょうど今と変わらない気候で桜が咲き乱れていたのを覚えている。寒さが和らぎ暖かい風が吹いている日だった。あの日から私の第二の人生が始まった。
「二人に会った時ね、実は分かっちゃったの。『あ、この子は夏樹の子だ』って。ねぇ、ルナちゃん。ううん、西流水ルナちゃん。私は、あなたのお母さんに恩返しがしたくて大切にしているの」
「私の、お母さん……? な、何で名字を知って……」
「だって、あなたのお母さんとは高校までずーっと一緒だったもの。大親友よ。今までも、これからも」
ドクドクと荒ぶる心臓が耳元まで聞こえてきた。
心臓が移動したのかと錯覚するほどにはうるさくて、ぐわんぐわんと頭が揺さぶられる感覚。衝撃の連続に頭が働かなかった。何も、言葉が出なかった。口を開けたら心臓が飛び出ると思った。
「でもね、ルナちゃん。あなたは私にとっても娘同然なの。親友の娘だもの。当たり前よ。だからね、もう少し、自分を大切にしてあげて。お母さんのためにも、私たちのためにも」
にこりと微笑んだ彼女は「お会計、しよっか」と言って再び歩き始めた。追いつくために足を動かそうとしたが、全く動かない。揺れていた脳みそが落ち着いたようだが、体はまだらしい。
信じられないとか、何で言わなかったのとか、そんな気持ちは一切出てこない。ただ、彼女はずっと私を見て、心の底から大切にしてくれていたのだと。
分かった時にはすでに洋服を差し出し、私を指差して何かを店員さんに話していた。言わなきゃ。言わないと、伝わらないから。
「は、葉流さん!」
「ど、どうした! 何かあった?」
「わ、私、自分を大切にします! だから、その」
「……うん。そうしてくれると、嬉しいよ」
ありがとうございます、とお礼を言って洋服の入った袋を受け取っていた。小さい声だったけど、彼女の声は私の耳に届いていたようで。私は、自分を大切にする方法なんて分からなかった。
自分よりも他人を優先することが優しさだと思っていたから。利他的な人は、利己的な人よりももっと自分のことしか考えてないのかもしれない。それが他の人を傷つけているとも気づくことなく。
「さーて、次は二人の服を買いに行こうかな!」
「はい、分かりました」
ほんの少し、ほんのちょっとだけでも早く気づくことができたのなら、私の第二の人生は変わっていくのかもしれない。
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