第五話『何時かの時計は涙を流す』

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三人でひとしきり楽しんだ後、お菓子をたくさん買って帰宅した。あの後黒川さんと白山さんの服もたくさん買い込んでおり、さすがにノリの良い黒川さんも申し訳なさそうにしていた。 しかしそんな二人を無視してカードを出し、「一括で」とドヤ顔で言う葉流さんの姿も面白かったからまた見たいと思ったり。 平和に何事もなく終わろうとしていたその日。帰った時の夢さんの一言で全てが崩れた。 「え? ロロがまだ帰って来てない?」 「そうなんす。だいぶ前に出かけたんですけど、ずっと帰ってこなくって。ほら、スマホとか持ってないからどうしようかと」 「いやいや、どうせそこら辺で道草くってるだけでしょ?」 「でも、今日は夕方から嵐になるって言ってましたし」 「マジで? えーどうしよう」 冷静に返す葉流さんはスマホを見ながら「あ、ガチじゃん」と言い、夢さんは顔に似合わずオロオロとしている。黒川さんと白山さんは荷物を置きに二階へと上がっていったまま戻って来ない。 恐らく買ってもらった洋服を片付けているのだろう。それで良かったかもしれない。だって今の私は、どんな顔をしているか自分でも想像ができないから。 「とにかく待つしかないね。さすがにいかにも嵐が来そうな時にうろつかないと思うし。って、ルナちゃん。何してるの?」 「ロロを、迎えに行きます」 「何言ってるのよ。さっき夢が言ってたの聞いてた? どれだけ強いと言われているあなたでも止めるからね」 のんびりした口調が消えた葉流さんからは、鋭い言葉が飛び出ていた。しかし私は彼女の言葉を右から左へ受け流し、玄関で靴を履き始める。慣れていない服を着ているけれど、パーカーなので幾分かは動きやすい。 先ほど脱いだばかりのスニーカーを履き終わると、後ろからガシッと力強く肩を掴まれた。 「ルナちゃん。止めなさい。私との約束は? 守るんじゃなかったの?」 「……分かってます。でも、ロロの身に何かあったらと考えると、怖いんです。ロロがいない世界でなんて、私が私を大切にできるわけがない。だから、ごめんなさい」 「ちょ、ルナちゃん!」 葉流さんは力が強い。きっと一般男性よりも強いと思う。そんな彼女の手が震えていた。戦場よりも危険な場所はないと思う。けど、それ以上に自然災害をバカにすることはできないのも知っているから。それでもいいから。彼を、ロロを、今度は私が助け出したいと思った。 外に出た瞬間、吹き荒れる暴風に体が浮きそうになる。すぐに閉めた玄関扉はガタガタと大きく揺れており、外に出る人間なんていないだろう。幸運なことにまだ雨は降っていない。今のうちに見つけて帰ってこれば大丈夫だろう。 必死に足を動かして探し回った。海辺、よく行くスーパー、公園など、思い当たる場所は全て。 「はぁっはぁっ……一体、どこに……」 チリンと、涼しげな音が聞こえた。 こんな季節に場違いな風鈴が鳴っているなんて。勢いよく音のする方を振り返ると、目に入ったのはあの神社。いつもロロが、お参りしに行く神社だった。生い茂る木々が風が吹くままに揺れ動き激しさを表現している。 「まさか、あそこに?」 じっと見つめるが、何も変化はない。あの音は幻聴だったのだろうか。少しだけ明るかった空が真っ黒な雲によりどんよりとして行く。これは時間との戦いかもしれない。悩んでいる暇は私にはないのだ。 大丈夫。もしいなくても、他の場所をもう一度探せばいいのだから。切れている息を整えてあの神社へと足を動かした。 整えられた砂利道は水分を多く含んでいるようで、何度か足をもつれさせていた。転びそうになる度に態勢を戻そうとするのだが、ずんっと沈む感覚のする土は不慣れで。どうにかして足を動かしていると、ズルッと足を滑らして転んでしまった。 「っ……! あ、パーカーが……」 ズシャッと派手に転んだ時に擦りむいたようで、膝や手からは血が出ていた。これくらいは大したことない。こんな小さな怪我よりも、新しく買ってもらったパーカーが汚れてしまった。 帰ったら葉流さんに怒られるだろうなぁ。声を荒げて怒る彼女を想像してふふっと笑ってしまった。どうにかして立ち上がり軽く土を払うと、頭の上にポツリポツリと当たる感覚。ふと見上げると、ポタポタポタと連続で水滴が落ちてきた。 「降って来ちゃった。急がなきゃ」 早く、早くと思いジクジクと痛むヒザを無視してもう一度走り始めた。これくらいなら大丈夫。今以上に辛いことを経験してきたじゃないか。自分に言い聞かせるようにして数年前のことを思い出す。 必死に走っていると、あの長い長い階段が姿を現した。晴れている日ですら上が見えないのに、雨が降り始めたからなのか何も見えない。大丈夫、きっとロロはここにいる。それだけを信じて石段に足をかけた。 「はぁっ……さ、寒い……」 はじめは弱かった雨足が強くなっている。いつもなら静かなこの山も騒がしく鳴いており、今の状況が異常であることを知らせているようで。人っ子一人いないこの場所から去った方がいいのかもしれない。もしかしたら、神様がそう言っているのかも。でも。 「私はっ……神様だけはっ……」 ゴホッとと咳が出た。むせたのか疲れが出てしまったのか。止まらない咳にその場で屈んだ。あと少し。あと、ほんの数歩でたどり着くのに。こんな時ですら、神様は助けてくれない。 いつだって私は願い続けたけど、助けてくれたのはロロだった。彼だけが、私をあの地獄から助け出してくれた。神様なんて、存在しないんだ。国が変わっても、時代が変わっても。どの世界線でもきっと同じなのだから。
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