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足をゆっくり動かしながら早朝の空気を入れ込む。久々の海は穏やかで、全てのものを受け入れていた。少し塩気を含んだ空気を取り入れ、誰もいない所を見つけ座る。
「はーあ。何してるんだろ、私」
「お散歩に来たのではないですか?」
「うぇ!?」
独り言のつもりで呟いた内容に反応が返ってくるとは思わず、変な声が出てしまった。勢いよく声のする方向を見ると、そこには寝巻きに上着を羽織ったルナがいた。
「ちょ、何でここに!?」
「物音がしたので起きました。心配だったので付いてきましたが、ダメだったでしょうか」
首を傾げる彼女の肩からするすると黒髪が落ちて行く。一つに結んでいないとこんなにも長いんだ、と場違いなことを考えていた。それよりも、あれだけ物音を立てないように気をつけていたのに。それでも起きたってこと?
もともと眠りが浅いのだろうか。どちらにせよ起こしてしまったことは申し訳ない。ドキドキと荒ぶる心臓を抑えるように深呼吸をした。
「起こしてしまってごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
表情が一切変わることのない彼女。立っているままで動こうとしない。これは、座るように言ったほうがいいのだろうか。少し風変わりな女の子だと思っているけれど、良い子なはず。
「あの、よければ座る?」
「ありがとうございます」
ワンピースのようなパジャマを着ているからなのか、上品に座る。抜けているかと思いきや、どことなく品を感じるその姿にお嬢様なのかと勘ぐる。白に近いピンク色のワンピースはひらひらと風と一緒に踊っていた。
横顔をちらっと見ると、じぃっと海を見つめるルナ。人形のように作られた美しさで、横に立っているのが申し訳なく思う。
何を、話したらいいのだろう。座ることを提案したのはいいものの、無言のまま時間が過ぎていく。沈黙が心地よいと感じる相手は相性が良いとか聞いたことがあるけど、さすがに会って二日目ではきつい。「あー……」と発声練習のように声を出し、世間話程度のつもりで質問した。
「その、ルナ……ちゃんは、いつから民宿を?」
「一年前です」
「そう、なんだ。ルナちゃんって、かなり若いよね? 高校生?」
「いえ。高校は行っていません。中学を卒業したことになっています」
「へー……」
卒業したことになっている、という言葉に引っかかったが会話が終了したのでこれ以上聞けなくなってしまった。ここぞとばかりに変に人見知りする自分自身を恨んだ。
会話のキャッチボールが終わってしまってからは、海の音しか聞こえなくなった。彼女も会話をするのが上手ではないのだろう。もう一度ちらっと見ると、「お姉さんは」と口を開いた。
「なぜ、ここに?」
「えっあ、えーと……その、ちょっとした、願掛けに……? というか、私のことは璃菜でいいよ」
「では、璃菜。願掛けとは何ですか?」
「んー……昔、喧嘩した友達と、仲直りしたくて。まぁ、私がうじうじしてたのもあって七年も経っちゃったけどね」
えへへ、と笑うと「七年」と言葉を繰り返すルナちゃん。さらっと呼び捨てで呼んでいるのを聞いて、少しだけ照れ臭く感じる。そこまで年が離れていないと思うので、妹のように思った。不器用そうだけど、心配してくれる優しい妹。こんな妹がいたら、私の心も埋められたのだろうか。
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