第五話『何時かの時計は涙を流す』

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「ルナ……? ルナ、そこにいるの?」 「ロロ?」 やっと治った咳。どうにかして呼吸を整えていると、少し離れたところから彼の声が聞こえた。ザァザァとバケツをひっくり返したかのように降り続ける中、ハッキリと聞こえた愛しい彼の声。 ヨロヨロと立ち上がって最後の数段を登り切ると、神社の前で雨宿りしているロロがいた。階段に座り込んでいる彼を見て、疲れ切っているはずの足が勝手に動いた。そのままドンっと彼の胸に飛び込んでギュッと抱きしめた。 「ちょ、ルナ! あんたビショビショじゃないの! 何でこんな所まで……」 「……ロロが、いなくなっちゃうかと、思った」 「え?」 「ロロ。私、ロロが好き。大好き。ずっと一緒にいたい。家族としてじゃなくて、パートナーとして。お願い、どこにも行かないで。隣にいて。ずっと、私のそばにいて」 「ルナ……」 ポロポロと溢れる言葉は止まることを知らないようで。自分でも何を言っているのか分からない。頭は今にも爆発しそうだし、頬をつたう涙は止まらない。ただ、私から離れようとした彼を引き止めるのに必死だった。 「なんで、私のためにこんなことできるのよ」 彼が、弱々しく呟いた。 「私は、私の残りの時間を全てあなたに使いたいと思ったの。それの何がいけないの? ロロは、私と一緒にいたくないの? 私は、私はずっと一緒にいたい。一緒に笑ってないて、過ごしていきたい。一度は約束したのに、何で私を疑うの?」 私の唯一の希望であり、大切な人であり、愛している人だから。 「私はもう、独りぼっちになりたくないの……」 ぎゅうっと彼の服を握りしめた。顔なんて見えない。もしかしたら引かれているかもしれない。私の行動を見て面倒だと思われたかもしれない。それでも良かった。 もし彼にそう思われたのなら諦めようと思っていたから。一人で生きて、一人で死のうと思っていた。どくどくと心臓の音が彼から聞こえる。生きている証拠だ。 しばらくの沈黙の後、「ルナ」といつもの優しい声で諭すように私の名前を呼んだ。 「ごめんなさいね。私、必死だったの」 「?」 「あなたが、私無しでも生きていけるようにしなくちゃって。そう、思ったの。私だって半永久的な寿命はあるけど、不死ではないの。いつ死ぬか分からないから、一人でも生きていけるようにして欲しいって、あなたを想ってのことだったんだけどね」 私ってバカね、と自嘲していた。乾いた笑いと一緒に、彼の頭から雫が流れた。ごうごうと鳴っている音よりも、彼の声が私の耳に響き渡っている。いつか死ぬ。それは、否が応でも身についた事実であり変える事のできないもの。 だからこそ人は必死に生きるのかもしれない。最後まで、自分は輝いていると信じて。 「本当に、私でいいの? もうどの時代にも行けないのよ? 何にも持っていない私で、ルナは幸せになれるの?」 「うん。私は、ロロと一緒にこの一分一秒を刻んで生きたい。ロロこそ、私でいい? 私、たくさん人を……」 「いいの、いいのよ。あなたはもう十分苦しんだ。たくさん、一生分の苦しみを経験したの。もう、自分を許してあげて。大切に、してあげて」 「……うん、うん。大切に、するね」 離されていた腕はもう一度私を包み込んだ。すっぽりと彼の胸の中に収まる。ふわっと香るのは私と同じ柔軟剤の匂い。でも、落ち着く。目を閉じて、彼の鼓動を聞いた。一定のリズムで刻まれる音に心を寄せている感覚になる。 「あら、雨止んだわね」 彼の声でパッと上を見た。真っ黒だった空は真っ青な空が顔を覗かせていた。どうやら一時的た雨だったようだ。ぴちゃんと水が垂れる音が聞こえる。 あれだけ荒れていた天気でもいつかは晴天になる。 でも、人によって時間が長いのか短いのかは別なのかもしれない。 それでも、少しでも救いが現れたのなら。 すぐにでも手を伸ばすべきなのだろう。
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