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「あー……ほら、さっきの友達だよ」
「お友達」
「うん。昔のことを思い出していてねぇ。今日、会いに行く予定なんだけどね」
会いに行く、と自分で言葉にすると心臓が速くなる。元々の目的を忘れていたわけではない。今まで誰にも話すことがなかったことを、少しだけルナちゃんに話したことにより楽になった。ほんの少しだけ。
息を止めたまま動いているような感覚にいつの間にか慣れていたらしい。やっと呼吸ができるようになったことにより、気づいてしまったのだ。
「大丈夫なのでしょうか」
「えっ な、何が?」
「ロロが重そうに鍋を持っているので」
ルナちゃんの言葉に思わずドキリと胸が鳴る。ぼうっとしていた私は彼女の視線の先をみると、厨房で重そうに運んでいるロロさん。ハッキリとは見えないが、寸胴鍋でも運んでいるのだろうか。
じーっと見つめてから、「手伝って来ます」と去って行く少女。見抜かれている気持ちになった私はホッとして自分の部屋へと向かおうとした。
「あの」
「は、はい!」
「頑張ってください」
「へ?」
それでは、と軽く一礼して去って行く彼女の後ろ姿を見つめた。さらさらと動く黒髪はすでに一つに結ばれている。特別な装飾品があるわけではないが、艶のある絹はいつまでも見つめてしまう。
変な返事をしてしまったことに気が付いたのは数秒後のことで、ハッとした時には重そうに持っていた鍋を軽々と運んでいるルナちゃんの姿が。やっぱり、力持ちなんだなぁ。小柄のどこにそんな力があるのだか。
「頑張る、か……」
まだここに戻って来て半日程度。懐かしさにノスタルジックを感じていたが、それだけではダメなのだ。やっとの思いで足を動かして二階へと上がる。
ポケットに入れっぱなしにしていたスマホを見ると、まだ午前八時前。どうあがいても時間が余っている。
「ふぁ……もう一眠り、しようかな」
部屋に入ると大きなあくびが出て来た。敷きっぱなしの布団は綺麗に畳まれて端っこに置いてある。きっとロロさんが畳んでくれたのだろう。彼も彼で一生懸命に働いている。働いている、というよりも楽しそうにお世話を焼いている気もするけど。
自分のことはあまり話したがらない人だったけど、どんな人なのだろうか。畳の上に座り、窓から見える水平線を見つめた。気温が少しずつ上がって来ているようで、上着はもう要らなさそうだ。
「ちょっとだけ……」
重くなってくる瞼と体を重力に任せた。疲れているのだろうか。こんなにも眠たく鳴ることなんてなかったのに。脱いだ上着を頭に持って来て枕がわりにする。潮の匂いが私の鼻をくすぐった。
少しだけ、少しだけ。
誰に言われることもなく言い聞かせながら深い眠りへと沈んで行った。
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