第一話『玉響の行き違い』②

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第一話『玉響の行き違い』②

「……っと……ねぇ……て!」 ふわふわとした感覚がまた戻って来た。夢の中で聞いていた声とは全然違う声色。少し低めの、テノールくらいの声。少しずつ大きくなっていくその声に頭が冴えて来た。 「ちょっと! 大丈夫!?」 「……? ロロ、さん?」 重い瞼を無理やり開けようとすると、キラッと眩しい光が目の中に刺さってくる。二度ほど瞬きをすると、ぼんやりと見える時計の頭。 少しずつ合っていく焦点によって、くっきりと見えるようになった時には慌てた様子のロロさんがいた。何とかして体を起こすと、隣にはルナちゃんが眉尻を下げて見つめていた。 「えっと、ど、どうされたんですか?」 「どうって、ルナが半泣きになりながら私を呼びに来たのよ! そしたら、苦しそうに唸っているからびっくりしちゃって!」 ウンウンと首を縦に振るルナちゃんは確かに泣きそうな顔をしている。あまり感情が顔に出ない子だと思っていたからこそ、罪悪感が出てくる。そうか、私うなされていたんだ。しかも二人がここまで焦るってことは、またアレを見ていたのかなぁ。 「すみません、ご迷惑おかけして」 「そんなこと気にしなくていいのよ。それより、今日の予定やめておいたら? ゆっくり休むのも大事よ」 「それは……」 あの夢を見てから行こうとするなんて、無謀だろうか。鉛のように重い体は外出することを拒否しているようで。せっかく決断したのにも関わらず、こうして嫌な記憶が私の足を引っ張ってくる。何度これを繰り返したことか。チラッと少女を見ると、変わらず心配そうな顔をして綺麗な緑色の目に涙をためている。 「ごめんなさい。今日、行かないとダメなんです」 「それは本当に? 今じゃないとダメなの?」 「はい。そうしないと、絶対後悔するから」 じっと私の顔を見つめる時計人。見つめているか分からないけれど、私を止めようとしているのは確実だ。心配性なのだろうけど、ロロさんはきっと心の底から優しい人だ。 だって、どこの人間かはっきりと分かっていない私にここまで気にかけてくれるのだから。キュッと手を握りしめていると、その上から白い手が握ってくれた。 「大丈夫。璃菜ならできるよ。ね?」 問いかけるルナちゃん。その視線の先にはロロさんがいて、口元を少し緩ませる彼女を見つめた。花がほころぶような笑顔は絵画のようで、私もつられて笑いながら頷いた。「はぁ」とため息ついた彼は「分かったわよ」と渋々許可をしてくれたようだ。 「でも、無理は禁物だからね。ちゃんと夕飯までには帰ってくるのよ? いいわね?」 「はい、ありがとうございます」 頭を下げると、「ほらほら、準備する!」と手をパンパンと叩きながら立った。急かしているようだが、どこまでも世話をかけてしまう私に呆れを見せない彼は優しすぎる。その横に座っている彼女も「よかったね」と言ってくれたので、感謝の言葉を伝えた。
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