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昨日ぶりのお昼の時間は全くもって暑い。暑過ぎてアイスのように溶けてしまいそうだ。というか、日本語までおかしくなっている気がする。涼しい格好で歩いているのだが、汗が吹き出して止まらない。
タオルを持ってくればよかったなぁと考えつつ、スマホの地図アプリを見て場所を確認した。方向感覚はあまりしっかりしていないので迷子になってしまうことが多いのだが、今回も同じようにくるくるとスマホを回している。
「矢印動くなよ!」
一人で画面に向かってキレていると、数人買い物袋を抱えて歩いている人を見つけた。流行りのエコバックを持っている人も多いが、何人かはビニール袋を持っている。
白い袋に文字で『ヨシダスーパー』と書かれてあり、私の目的地だ。「あ!」と大きな声が出てしまったので周りの人がビクッとして私を見た。「すみません」と頭を下げながらその人たちとは逆方向へと足を進める。
田舎のこの街では買い物ができる場所は貴重だ。一つの所に集まりやすいのもあるけれど、同じように私のような若い人が働くのも集まりやすい。
「えー……っと、ここだ!」
汗をぴったりと引っ付く服で拭い、目の前に現れたスーパーがオアシスのように見えた。私が地元を離れている間にできたと聞いていたので一回来てみたいと思っていたところ。この暑苦しいところから抜け出したいがために中に入ると、楽園があった。
スーパーで生鮮食品を扱っていることもあるが、気温が低めに設定しているのもあるだろう。滝のように出ていた汗はすっと引いていき、肌にはひんやりとした空気が張り付いている。
キョロキョロと辺りを見渡すと、そこそこお客さんが来ているようでみんな真剣に食材を選んでいるようだ。ほぼ手ぶらな私は何かあの二人に買っていこうかと思いお菓子が置いてある場所をうろつく。
「あ、ロロさんは食べれないのか……」
最新のチョコレート菓子を手に取った時に気づき、どうするか悩んだ。とりあえず、ルナちゃんの分だけでも買って行こうかな。あとは飲み物で美味しそうなものをロロさんに……と考えながら歩いていると、「いらっしゃいませー!」と元気の良い声が聞こえて来た。
普段なら気にすることのない言葉に思わず反応する。だってそれは、私が目的としていた彼女だったから。
「美凪」
商品を並べていた彼女がこちらを振り返った。少し離れているので分からないと思ったのだが、自分の名前にすぐに反応するのは相変わらずらしい。一瞬笑顔で挨拶をしようとしたみたいだが、ピタッと動きが止まった。
「璃、菜」と片言の日本語が聞こえて来た。覚えててくれたんだ。嬉しい、そう思ったのもつかの間。
「帰って」
しゃがんでいた彼女が立ち上がってこちらに来た。ボソッと一言だけ呟いたかと思うと、うつむいて同じ言葉を放った。
「帰って。私たちはもう、他人だから」
きゅうっと胃が痛くなった。他人。その言葉を聞いて、私と彼女との溝の深さを思い知らされた。嫌だとか、何で来たのとか、まだヒステリックに叫ばれる方が楽だと思ってしまった。
たった一瞬、少しの言葉を伝えた彼女はカートの上に置いてある大量のお菓子と共に消えてしまった。店の中で流れるBGMと家族連れの楽しそうな声が遠くで聞こえる。手に持っていたルナちゃんへのお土産を床に落とした時、やっと現実に戻って来た。
「……帰っちゃおうかな」
お菓子を拾うためにしゃがむと、そこから立てなくなったしまった。ポロポロと落ちてくるのは悲しみなのか、はたまた怒りなのか。周りから不審な目で見られているのはわかっている。
けれど、ここから立ち上がる方法なんて、私には分からない。
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