23人が本棚に入れています
本棚に追加
「……昔、喧嘩したんです。ほとんど私のせいなんですけどね。今更ながら仲直り、したくて。自分勝手なのは分かっているんですけど、難しいですね」
あはは、と乾いた笑いが喉から出た。昨日から流れ出る過去の映像が頭をちらついて心を蝕んでいく。言葉で伝えようと思っても、私は言葉で相手を傷つけてしまったから。これがいわゆる因果応報ってことなんだろうなぁ。本当、笑える。
「彼女、いつも話してたわよ」
「何を、ですか?」
「学生時代、親友がいたって。ずっと一緒だと思っていたけど、永遠なんて存在しないんですねって言ってたわ。でも、その子の話をする時は本当に楽しそうだったのよ? ……でも、たまに寂しそうに笑っていたわ。『もう二度と、戻れないから』って」
パリッとコーンが割れる音がした。もらったソフトクリームのアイスは立派なもので、そこそこ上質なコーンを使っている。私を同じようにかじろうとしたが、斉藤さんの話を聞いて止まった。親友。それは、一体誰のことだろうか。
いや、本当は分かっているはず。分かっていると言うよりも、心の何処かで願っているのだ。私がそうだと信じていたように、彼女も同じであって欲しいと。
「ま、私は仲直りした方がいいって言ったけどね! あの子、変な所で頑固じゃない? だから、なかなか首を縦に振らなくてねぇ」
パリパリと最後の一口まで一気に食べた斉藤さん。見た目にそぐわず豪快な食べ方をしていることに思わずジッと見つめてしまったのだが、ふぅと満足したように一息ついた。
「じゃ、私はまだ仕事あるから!」
「え、休憩だったんですか? 私なんかと話して……」
「いいのいいの! 若い人が年寄りの心配なんてする必要ないわ。ほら、あとはあなたがどうするかよ」
「そう、ですよね」
「あと、もう少ししたらあの子仕事終わるから」
じゃ、行くわねと言って去って行く斉藤さんは最後にそれだけ言い放った。まるで、あとはどうするか分かるわよね?と言われているようで。ウインクして戻って行くのを見て、いつかお礼を言いに行こうと心に誓った。
そこからはひたすら待っていた。木陰とは言え、気温は上昇して行く一方。今は一体何時だろうか。飲み物を何か買ってこればよかったなぁ。ぼうっとしてくる頭の中で、何を言おうか必死に考えた。少しくらい飲まなくても大丈夫だろう。
彼女が去ってから、何分経っただろうか。変わらずスーパーを見つめていると、一人の女性が裏口から出てきた。ジッと見つめると、それは美凪。働いている時の格好とは違い私服だったのだが、あのショートヘアを忘れるわけがない。あれだけ繰り返し、夢の中に出てきていたのだから。
頭の中に流れてきた映像を振り切るように私は走り出した。持ってきていたカバンなんて、置きっ放しにして。また拒絶されるかもしれない、なんて考えてもいなかった。駐輪場に向かって行く彼女を追いかけて自転車に乗ろうとする美凪の名前を叫んだ。
「美凪!」
「……は? なんで、まだいるの」
「話したいことが、あるんだけど」
息を切らしながら必死に言葉にする。伝わるとか、伝わらないとか、そんなことは考えるな。ただひたすらに言葉を紡ぎ出すことしか私にはできないのだから。
「私はないから」
それだけ言って自転車の鍵を入れて動かそうとした。しかし、私は荷台のところを強く掴んで動かないようにする。驚いた彼女は目を見開いていたが、グッと力を入れて抵抗する。
「あの時のことを、謝りたいの」
「何のこと?」
「私、本当に自分勝手だった。今もそう。許して欲しいからここにきて、今更謝りたいとか言っているからあんなことを言われた。だから……」
「……もう、親友じゃないんでしょ」
絞り出した声はあまりにも小さくて。遠くで鳴いているはずの蝉の声が耳元まで迫っているような気がした。まっすぐ彼女の顔を見ることができなかった私は、か細い声を聞いてやっと自分の顔をあげた瞬間。
私は、後悔した。
彼女を引き止めたからとか、無理やり謝ろうとしたとか、そんなものではない。彼女の、美凪の顔を見て一生癒えないかもしれない傷を与えてしまったことに。今まで気づくことのなかった大事なことに、目を向けてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!