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「ちょっとくらいいいっしょ? ほら、同じ高校のよしみじゃん」
「だから嫌だって……!」
全力で走った先にいたのは一人の男の人に腕を引っ張られている彼女の姿。コンビニの前でのやりとりを何人かが見て見ぬ振りをしている。それもそのはず、相手の男性はどう見ても一般人には見えない。
あんな人と知り合いなのだろうか。誰も助けない様子を見て足がすくむ。でも、助けなきゃ。私が、あの子を、親友を。
「誰かっ……!」
助けないと。
「私の親友に……何をしてるんですか!」
駆け出した足は止まることなく、掴んでいる腕が離れるように無理やり間に入った。勢いがあったので一瞬怯んだ男性。そして、「り、璃菜?」と驚いた声で私を呼ぶ美凪。
大太鼓を身体中に打ち鳴らしているようで、微かに聞こえたのは相手の低い声。何やら怒鳴っているようだが、状況を全く理解していない私は心臓の音で全てがかき消されている。ただ、彼女の前からどいたらダメだと自分に言い聞かせて無言で睨みつけた。
「……この、くそ女!」
ブンッと頭の上に掲げられた拳。あぁ、私殴られる。抵抗することなんてできないし、そんなに運動神経がいいわけでもない。ひたすらに自分の大切な人を守ることができるのなら。
力強く目をつぶって美凪をかばうようにしてギュッと抱きしめた。大丈夫。このくらいの罰を受けて仲直りができるのなら。
「璃菜ちゃん! 伏せて!」
「え?」
遠くから叫ばれた言葉通りに私は彼女と一緒に屈んだ。反射的にした行動だったが、ドンっと何かがぶつかった音。そして、ドシンと地面に何かが倒れた音がした。
あまりにも鈍い音だったのでゆっくりと目を開けると、そこには拳を掲げていたはずの男性が。更には彼に馬乗りになっている一人の女の子。生温い風が吹き、流れに身を任せるように濡れ羽色の髪が動く。あまりの美しさに見惚れていると、後ろから息を切らしたロロさんがいた。
「はぁっはぁっ……やっと、追いついたわ……!」
「え、ロロさん? それに、ルナちゃんも……な、何でここに?」
「ル、ルナがっ……はぁっ……いきなり、走り始めてっ……わ、私、訳も分からず付いて来たのよ!」
はーあ、と息をついた彼は完全に膝に手をついている。あまり体力はないのだろうか。あの距離をノンストップで走って来たのなら、大したものだと思う。それよりも、ルナちゃんが持っていた買い物袋は一体どこへ消えてしまったのだ。馬乗り状態で男性を睨んでいる彼女は手ぶらだったはず。
「あ、ルナちゃん!」
ロロさんに気が行っててすっかり彼女のことを忘れていた。ふと視線を戻すと、意識が朦朧としている男性の胸ぐらを掴んで拳を掲げていた。間に合わない、と思い止めようとした時。
「ルナ! ストーップ!」
肌に拳が触れる直前で静止の合図が叫ばれた。先ほどまで息を切らしていたロロさんの声。ピタッと止まったその拳はだらんと力が抜けたように垂れ下がる。
ちらっとこっちを見た彼女は口を尖らせていた。息を整えたのか、スッと立ち上がって近づいていく。目の前でピタッと止まりルナちゃんを見下ろしている。
「こいつ、璃菜を傷つけようとした」
「うん、そうね。でも、幸いなことにここの二人は何も怪我してないわ。だから、ダメよ」
「……わかった」
パッと手を離し、再びドスンと地面に落ちる男性。「次は、ないから」とドスのきいら声で威嚇をするルナちゃん。小さく悲鳴をこぼしたそいつは慌ててこの場を去って行った。
しかし、どうやらその威嚇はロロさんにも聞こえていたようで「こら!」と再び怒られていた。ガミガミと叱っているようだが、むすっと膨れているルナちゃんは可愛らしい。年相応の女の子に見えるのだから、微笑ましいのだ。
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